研究課題/領域番号 |
22K00558
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研究種目 |
基盤研究(C)
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配分区分 | 基金 |
応募区分 | 一般 |
審査区分 |
小区分02060:言語学関連
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研究機関 | 愛媛大学 (2023) 青山学院大学 (2022) |
研究代表者 |
金子 真 愛媛大学, 法文学部, 研究員 (00362947)
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研究期間 (年度) |
2022-04-01 – 2025-03-31
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研究課題ステータス |
交付 (2023年度)
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配分額 *注記 |
1,820千円 (直接経費: 1,400千円、間接経費: 420千円)
2024年度: 520千円 (直接経費: 400千円、間接経費: 120千円)
2023年度: 520千円 (直接経費: 400千円、間接経費: 120千円)
2022年度: 780千円 (直接経費: 600千円、間接経費: 180千円)
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キーワード | 非責任性 / 意図性 / obviation / 接続法 / 迂言的否定命令文 / 完了体 / テシマウ / 肯定極性項目 / 否定命令文 / 迂言的命令文 / causal model / 目的節 / 日本語 / フランス語 |
研究開始時の研究の概要 |
近年意味論、統語論の分野で通常の規則に従わないことから注目され「非責任性」という観点から分析されているものの、十分議論が尽くされているとは言えない現象がいくつかある。本研究ではそうした現象について再検討するとともに、従来指摘されている以外にも「非責任性」が関与する現象があることを指摘する。そして「非責任性」という概念に対して、言語・現象の違いを越えて、意味論的、統語論的に一貫した特徴づけを与えるとともに、そうした意味的・統語的特徴を引き起こす要因が、異なる言語でどの程度一致するか、または異なるか検討し、今後の「非責任性」に関わる他の現象の分析にも資することを目指す。
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研究実績の概要 |
本研究の目的は「非責任性」という概念を、以下の3つの現象に注目し、意味論的・統語論的に明確化することである:A)仏語等の接続法節での主節と同一指示主語の認可; B)否定を含む不定法節での肯定極性項目の認可; C)スラブ系言語の否定命令文での完了体の認可。2023年度は単著雑誌論文を1本、編著書所収論文を2本発表し (うち1本は交付申請書で言及したAljovic氏との共著)、単独の口頭発表を4件行った。 これらの研究のうち、上記の3つの現象全てに関わるAljovic氏との共著論文が本研究にとって最も重要なものだが、その概略は昨年度研究報告の「現在までの進捗状況」で説明したためここでは繰り返さない。次にCSSPの発表では「責任性」を理解するうえで重要な「意図性」の統語・意味・語用論上の位置づけを明らかにするため、日本語の意志表現シヨウについて推量表現ダロウ及び命令文と比較しつつ次のように主張した:シヨウは、命令形やダロウと同様、意味論的には必然性モダリティを導入し,統語論的には非明示的なコミット操作子を伴う;語用論的には,命令文は話者と対話者双方のeffetive preferenceの更新に関わり,推量は話者と対話者の双方の「信念」の更新に関わるのに対し,意志は話者のeffetive preferenceの更新と対話者の「信念」の更新に関わる。そしてこの違いと,話者が自分の視点を対話者の視点にあわせて調整できるかどうかに関する違いにより,シヨウカが上昇イントネーションを伴うのに対し,ダロウカはできないという違いが生じると論じた。 他に「君が世界を掴みに行け」といった広告の命令文についての共著論文を執筆し、その中でこうしたスローガンで用いられる述語は意図性は示すものの責任性を示さないことを、いくつかのテストをもとに明らかにした。この論文は後日編著書所収論文として公開予定である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
上記の3つの現象のうち、B、Cに比してAの分析は遅れがちであったが、2023年度後半研究を進め、その成果を2024年7月のCMLFにおいて発表する予定である。具体的には、仏語の目的・帰結を表す接続法節における主節と同一指示主語の認可可能性について扱う。 ただしこれまで研究を進める中、当初想定していなかった以下のような新たな課題が生じ更なる考察が必要となっているため「概ね順調に進んでいる」という自己評価を選択した。 まず当初、仏語等の接続法節の主語が主節主語と同一指示となることと不定法節において肯定極性項目が認可されることは、どちらも従属節事態の「非責任性」により引き起こされると想定していたが、「非責任性」を直接反映するのは後者の現象であり、前者の現象には「非責任性」に加えて別の要因が関わることが明らかになってきた。この要因を、どちらも接続法を取る、目的・帰結の副詞節とvouloir等希望動詞の目的語節において、その主語が主節主語と同一指示となる可能性に違いがあることをもとに明らかにしようとしている。 次に当初スラブ系言語の否定疑問文における完了体は一律に「非責任性」を表すと想定していたが、セルビア・クロアチア語で助動詞NEMOJ (don’t)を用いる迂言的否定命令文において、補文が不定法節の場合と動詞が直説法を取る定形節は必ずしも非責任性の事態を表さない。従ってスラブ系言語では完了体が「非責任性」マーカーであるという本研究の当初の仮説は、スラブ系言語内での完了体の意味の違いを踏まえた上で修正する必要がある。また定形節が条件法・接続法に相当する助動詞を含む場合動詞が完了体を取れば専ら「非責任性」の事態を表すようだが、動詞が不完了体を取る場合は必ずしも「非責任性」の事態を表さないようである。こうした「非責任性」と、アスペクト・モダリテイとの相互作用を明らかにする必要がある。
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今後の研究の推進方策 |
本研究では、日本語の迂言的否定命令文「しないように」「することがないように」をそれぞれ仏語等の不定法節、定形節に対応すると考えてきたが、近年日本語のコントロール動詞の補部のコト節 (例「太郎は箱を開けることを決意した」)における主節主語と同一指示の空の主語はPROか、あるいはDe se読みを受けるproかについて活発な議論が展開されている。さらに、コントール現象には責任性と因果関係という意味的要因が密接に関わっているとする分析も提案されている。こうした議論は、セルビア・クロアチア語の迂言的否定命令文の助動詞NEMOJの補文定形節が示すコントロール現象にも関わるものであり本研究にとって重要である。今後、上記の近年の議論を踏まえ、特に現象Aについての分析をアップデートしたいと考えている。 また本研究ではテシマウは、スラブ系言語の完了体と同様アスペクト形式であり、否定命令文や否定を含む目的の副詞節といった環境において「非責任性」のマーカーとして働くと想定している。一方、テシマウを純粋な機能語としてのアスペクト形式ではなく本動詞「しまう(=片づける)」の意味を引き継ぐ語彙項目とする分析が近年提案され、。この分析ではテシマウの意味を記述するにあたって、先行事象とその発展的ステージという2つのイベントの因果関係を想定しており、本研究の分析と必ずしも矛盾するものではないと考えている。今後テシマウについての近年の分析を踏まえ、その多様な意味を齟齬なく説明できるよう、分析を洗練させていきたいと考えている。 さらに上記の日本語のシヨウについての本研究の分析に対し、「命令、意志、推量に同じコミット操作子を想定することは全て同様の遂行性を持つことを意味するが、こうした想定は直観に反する」という批判も受けている。こうした批判に答え、言語直感と齟齬のない形に分析を洗練させることも今後の課題である。
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