研究課題/領域番号 |
22K00951
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研究種目 |
基盤研究(C)
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配分区分 | 基金 |
応募区分 | 一般 |
審査区分 |
小区分03040:ヨーロッパ史およびアメリカ史関連
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研究機関 | 近畿大学 |
研究代表者 |
伊澤 正興 近畿大学, 経済学部, 准教授 (40611942)
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研究期間 (年度) |
2022-04-01 – 2025-03-31
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研究課題ステータス |
交付 (2023年度)
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配分額 *注記 |
1,690千円 (直接経費: 1,300千円、間接経費: 390千円)
2024年度: 520千円 (直接経費: 400千円、間接経費: 120千円)
2023年度: 520千円 (直接経費: 400千円、間接経費: 120千円)
2022年度: 650千円 (直接経費: 500千円、間接経費: 150千円)
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キーワード | 1927年ミシシッピ大洪水 / 黒人諮問委員会 / ハーバード・フーヴァー / 連邦治水法 / 全米黒人地位向上協会 / 人種差別 / ミシシッピ川大洪水 / NAACP / 堤防万能主義 / 連邦司法省 / 強制労働 / ミシシッピ川 / 有色人種地位向上協会 / 全米赤十字社 |
研究開始時の研究の概要 |
本研究は、1927年ミシシッピ川大洪水の避難所の実態を明らかにし、自然災害を機とした被災地の人種融和の条件を探る。誰もが土地と財産を河川氾濫から守るため、被災地では人種間で協力しなければならず、避難所の状況は考えられていたほど劣悪ではなかった。むしろ被災地では良好な避難所と劣悪な避難所が混在した状況であったと考えられる。先行研究は災害時であっても差別と抑圧が蔓延する南部社会を描き出してきたが、本研究は洪水多発地帯の深南部デルタの特殊な事情として、災害と人種融和の可能性を実証的に明らかにする。
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研究実績の概要 |
1927年ミシシッピ大洪水は想定外の長雨と雪解け水が河川本流に流入したことにより、強固な堤防が決壊し、北海道と同面積の土地が水没するアメリカ史上最悪の自然災害であった。このため、緊急的に設置された避難所では不衛生かつ物資不足、人種間の確執が生じた。先行研究は白人農園所有者と州兵治安部隊が抑圧と暴力によって黒人農民を避難所に拘束したと結論付けた。たしかに、避難所の実態は、輸送網の寸断によって、必ずしも黒人被災者にとって満足のいくものではなかった。そこで、本年度の研究は、大洪水時の避難所の実態を解明し、人種差別撤廃の起点となった黒人被災者待遇改善要求の意義を考察した。 本研究は「黒人諮問委員会(Colored Advisory Commition)の設立」と「同委員会の勧告に基づく待遇改善要求」、そして「避難所の待遇格差」を重視する。とくに、避難所の待遇をめぐっては、ニューオーリンズ(ルイジアナ州)、メンフィス(テネシー州)の避難所が良好な人種関係を維持したのに対して、グリーンヴィル(ミシシッピ州)やビクスバーグ(ミシシッピ州)の避難所は劣悪とされた。また、タスキーギ派の黒人諮問委員会と全米黒人地位向上協会(National Association for the Advancement of Colored People:NAACP)の報告書、そして連邦司法省の調査報告の内容は避難所の実態について、それぞれ異なる評価を下していた。本年度はこれら一連の史資料に基づき、避難所の待遇格差や調査報告の違いを探り、避難所の実態をさらに掘り下げて分析した研究成果をあげることができた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究は避難所の地域格差とその背景を解明できたため、おおむね計画通りに推移している。その研究成果は「1927年ミシシッピ川大洪水における避難所の地域格差―災害と人種差別の関係史」の論考となっている。この論文は第1に、ルイジアナ州ニューオーリンズ、ミシシッピ州グリーヴィル、テネシー州メンフィスの避難所に関する調査結果に基づき、黒人被災者の不平不満の度合いを抽出、第2に、被災者の不満の説明変数として、災害担当者の堤防に対する対応の違いに注目した。すなわち、ニューオーリンズやメンフィスでは、堤防を死守することに固執することなく、市民生活の安全と物資配給に人員を投じた。このため、大洪水以降、一時的な混乱があったものの、物資不足は生じなかった。これに対して、グリーンヴィルでは、堤防を死守し、綿花農園の保護を優先しようとしたため、物資の配給が滞ってしまった。グリーヴィルの災害責任者が堤防に固執したのは、「堤防万能論」にとらわれていたためである。「堤防万能論」とは、堤防さえ築けば、経済や社会の発展を実現できるという楽観的な治水理論を指す。一方、ニューオーリンズの市長は堤防を爆破し、無人化した農地に水を付け替えることで、都市を洪水から保護した。同様のことはメンフィスでも見られた。以上のように、本年度の研究成果は第1に、南西部被災地すべての避難所において人種間確執が生じなかった点、第2に、避難所の人種問題は白人農園所有者と支配階層の「堤防万能論」によって生じたことを解明した。
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今後の研究の推進方策 |
今後の研究は、1927年の大洪水がミシシッピ・デルタの綿作地域におよぼした影響として、(1)北部への黒人大移動のインパクト、(2)堤防復旧工事における労働問題を取り上げて、自然災害と人種関係について分析対象を広げていく予定である。 第1に、洪水の影響を包括的に検討する。ミシシッピ・デルタでは1903年、1913年、1916年、1922年、1927年と断続的に大洪水が起き、氾濫リスクが高まれば、堤防が巨大化するという負の因果関係にあった。河川から土地と資産を保護するには、護岸・堤防や排水路を補強しなければならず、人種間の協力体制は不可欠であった。こうした事情からNAACPが想定していたほど洪水多発地帯では差別や抑圧の事例は多くなかったと推察される。実際、その要因としてミシシッピ・デルタでは常に黒人流出の脅威に直面していた。当地の綿花農園における面積あたりの収穫量は、他の南部地域と比較して高かった。その結果、ミシシッピ・デルタでは南部一帯から黒人農民の流入が見られた。いわば、南部では北部に移住する人々だけでなく、ミシシッピ・デルタへ移住する人々や被災地にとどまった人々が存在した。 この点と関連して、堤防復旧工事に多くの黒人シェアクロッパーが投じられた点を考察していく。堤防復旧工事はたしかに過酷で命の危険をともなう作業であった。その一方、堤防作業は臨時的な現金収入をもたらした。作業の日当は耕作状況や季節(雨季と乾季)に応じて変動した。また、堤防は洪水時の避難場所としても機能した。こうした点から、大洪水が頻発したからといって、直ちに人口流出が生じるわけではなかった。最終年度は、災害と人口移動の関係を収集済みの史資料に基づき分析していく。
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