研究課題/領域番号 |
22K00986
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研究種目 |
基盤研究(C)
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配分区分 | 基金 |
応募区分 | 一般 |
審査区分 |
小区分03050:考古学関連
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研究機関 | 奈良女子大学 |
研究代表者 |
中沢 隆 奈良女子大学, その他部局等, 名誉教授 (30175492)
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研究分担者 |
門脇 誠二 名古屋大学, 博物館, 教授 (00571233)
佐伯 和彦 奈良女子大学, 自然科学系, 教授 (40201511)
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研究期間 (年度) |
2022-04-01 – 2025-03-31
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研究課題ステータス |
交付 (2022年度)
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配分額 *注記 |
4,030千円 (直接経費: 3,100千円、間接経費: 930千円)
2024年度: 1,300千円 (直接経費: 1,000千円、間接経費: 300千円)
2023年度: 1,300千円 (直接経費: 1,000千円、間接経費: 300千円)
2022年度: 1,430千円 (直接経費: 1,100千円、間接経費: 330千円)
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キーワード | 新石器時代 / タンパク質 / 質量分析 / 牧畜史 / 自然交配 / 動物骨 / 経年劣化 / 西アジア |
研究開始時の研究の概要 |
人類の食糧獲得手段が狩猟・採集から牧畜や農業に移行した時期と地域には諸説あるが、今から約1万年前の西アジアとされている。ヤギとヒツジの家畜化から本格的な牧畜までの過程は、ヤギとヒツジの個体数や分布状況の変化から辿るのが一般的であるが,本研究ではヤギとヒツジの交雑種の出現頻度に注目する。ヤギとヒツジの家畜化初期においては自然交雑の頻度が比較的高く、繁殖管理に必要な畜産技術の発達によって交雑種の出現頻度が極端に低下したと考えられるからである。 本研究はコラーゲンの質量分析に基づく交雑種の同定法を用いるが、この方法は他の交雑種の同定にも拡張可能であり、動物考古学に新たな研究方法と視点とを提供する。
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研究実績の概要 |
我々は、ヤギとヒツジの家畜化から本格的な牧畜までの過程を、西アジアの遺跡で発掘された動物骨のコラーゲンの質量分析による確実な種の判定をもとに解明するための研究を行っている。ヤギとヒツジの骨を構成するI型コラーゲンは、全アミノ酸配列中でわずか4残基しかアミノ酸の違いがないが、我々は既にこれらのアミノ酸を含むペプチドをすべて同定している。この方法をもとに、アゼルバイジャンの新石器時代(今から約 8,000 年前)のギョイテペとハッジ・エラムハンル・テペ遺跡から出土した 40 種類以上の動物骨について分析した結果、2 種類の骨資料が近世では極めて稀なヤギとヒツジの交雑種と考えられる動物骨試料に遭遇した。ヤギとヒツジの交雑種のほとんどは、胎児か新生児の段階で死亡し、稀に成長しても繁殖能力を持たない。このことから、我々はヤギとヒツジ家畜化・牧畜の発展史にはこの自然交配を避けるための何らかの技術的な工夫、すなわち牧畜・畜産技術の改革が含まれていると考えた。すなわち、牧畜の初期段階ではヤギとヒツジ群れを分離することなく放牧または一定の領域に囲い込み、それによって自然交配による家畜増産の障害が顕在化するに及んで、例えばオスの間引き(オスが乳生産には寄与しないとの理由もある)やヤギとヒツジの群れの分離などの対応策が取られたと我々は仮定したのである。この仮定をもとに、牧畜技術の向上に伴って交雑種が出現する比率が減少し、さらに地域を越えた牧畜技術の伝搬があれば、アゼルバイジャンの例と同様の傾向を示すと期待できる。本研究では我々が確立した動物骨由来のコラーゲンの質量分析を用いたヤギとヒツジの交雑種の同定法を利用して、より広い年代と地域にわたる交雑種の出生率の変化を明らかにし、その結果をもとに先史時代から古代に至る牧畜技術の発展と伝搬に関する研究に新しい視点を提供することを目的としている。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
令和4年度の前半では、これまでに行ったアゼルバイジャンの骨資料から抽出したI型コラーゲンについて得られた質量分析データを詳細に検討した結果、ヤギとヒツジそれぞれに特異的なマーカーとなるペプチドを発見し、ヤギとヒツジの動物種判定の信頼度を向上させた。これらのデータを加えても40試料中でヤギとヒツジの交雑種と判定した2検体についての分析結果の確実性を高めることができた。 続いて、本研究の目的であるより広い年代と地域における牧畜の実態の解明のために、銅石器時代(今から約5,000年前)のTor Sabiha遺跡(ヨルダン)のヤギまたはヒツジの骨と、旧石器時代(今から約16,500年前)のDzudzuana洞窟遺跡(旧グルジア)の形状からヤギと判定されている骨を分析した。いずれの資料からもI型コラーゲン由来のペプチドを検出し、マーカーの質量とアミノ酸配列からヤギまたはヒツジと判定することができた。特にDzudzuana洞窟の骨資料はこれまでに分析した中では最も古いものであったが、ヤギのペプチドマーカー1つを検出した。しかし、マーカー1つでは交雑種の判定ができないので、現在コラーゲンの抽出方法を変えて分析を試みている。 このように、より広い年代にわたって同じ動物の資料を分析したことで、年代ごとの質量分析データを比較することが可能となった。その結果、グルタミン残基を3つ含む質量が3016 Daのペプチドが、グルタミン残基の経年劣化に伴う脱アミド化によって質量が+1から+3増加することを見出し、その増加の度合いから、資料の年代を推定する方法を提案するに至った。これまで試験的に推定したグルタミン残基の半減期は6千年から1万年と見積もった。この半減期は資料の自然環境やコラーゲンの中でのグルタミン残基の位置などで変化するが、考古資料と現生動物資料を簡易に判定する方法として期待される。
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今後の研究の推進方策 |
主な研究目的であるヤギとヒツジの交雑種の出現頻度を、広い時代と地域にわたって求めるには、研究対象とする遺跡を適切に選定しなければならない。この点に関しては研究分担者の門脇誠二・名古屋大学博物館教授のアドバイスを求める。既に令和4年度に旧石器時代のヨルダンと銅石器時代のジョージア(旧グルジア)の遺跡からの骨資料の分析に着手した(進捗状況の項参照)。我々の予想によれば、時代が新しくなれば交雑種の出現頻度は減少するはずであるから、銅石器時代から青銅器時代に時代が降るにつれて交雑種の骨資料を発見することは困難になる。この点については令和5年度から科学研究費補助金・学術変革領域研究(A)中国文明起源解明の新・考古学イニシアティブの応募研究に採択されたために、銅石器時代以降の動物骨が入手できる可能性が高まった。一方、新石器時代から時代を遡れば交雑種を発見する可能性が高まるはずであるから、旧石器時代(今から約16,500年前)のヨルダンの遺跡から発掘された骨資料中に交雑種由来のコラーゲンが検出できる可能性は高いと期待される。時代が古くなることでコラーゲンの経年劣化が進み、交雑種の判定に必要なマーカーペプチドが得られなくなるおそれに関しては、試料ごとの質量分析データをより詳細に解析するとともに、試料の調製方法の改良を行うことで対応したい。 考古学資料の中でヤギとヒツジの交雑種を発見した例は、我々の知る限り皆無である。しかし、トルコの遺跡(今から約1万年前)から発掘された骨の統計データから、胎児/新生児の比がヤギとヒツジに関して異常に高い数値を報告したStinerらの論文(Proc. Natl. Acad. Sci. U. S. A. 111, 8404-8409, 2014) は、高い頻度で交雑種の胎児が存在したことを示唆している。この論文の著者のグループとの共同研究を検討したい。
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