研究課題/領域番号 |
22K01114
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研究種目 |
基盤研究(C)
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配分区分 | 基金 |
応募区分 | 一般 |
審査区分 |
小区分05010:基礎法学関連
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研究機関 | 九州大学 |
研究代表者 |
江口 厚仁 九州大学, 法学研究院, 教授 (10223637)
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研究期間 (年度) |
2022-04-01 – 2025-03-31
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研究課題ステータス |
交付 (2023年度)
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配分額 *注記 |
3,510千円 (直接経費: 2,700千円、間接経費: 810千円)
2024年度: 1,040千円 (直接経費: 800千円、間接経費: 240千円)
2023年度: 1,300千円 (直接経費: 1,000千円、間接経費: 300千円)
2022年度: 1,170千円 (直接経費: 900千円、間接経費: 270千円)
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キーワード | リスク・コミュニケーション / リスク・マネジメント / 社会構築主義 / リスク/ゲファー / 市民的公共性 / リスク観察図式 / 社会システム理論 |
研究開始時の研究の概要 |
リスクとは、ある対象の「客観的危険度」ではなく、社会的コミュニケーションを通じて構築される「意味複合体」であり、これを統一的視点から分析・評価しうる理論体系を欠いた個別問題ごとの対処療法的リスク対策が、容易に機能不全に陥ることは、近時の自然災害やコロナ感染症においてますます明らかとなってきた。本研究は、現代社会システム理論と現代公共哲学の知見を発展的に継承し、多様な学問領域の「リスク観察図式」を比較・媒介しうる新たな概念装置の開発を通じて、リスク予測・評価・予防・責任配分・コスト分散・被害者救済・再発防止等のリスク管理の全過程を包括する「リスクの社会構築主義的一般理論」の開発を目指す。
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研究実績の概要 |
リスクとは、単に問題とされる事象それ自体の「客観的危険度」には還元できない「社会的コミュニケーション」を通じて構築される「意味複合体」である。こうした社会構築主義的観点からリスクを総合的に分析評価する社会理論の体系を欠いたまま、個別問題領域ごとに専ら技術的観点からなされる「対症療法的リスク対策」が、容易に「想定外の機能不全」に陥ることは、近時の自然災害やコロナ感染症対策等においても顕著であった。 本研究は、N・ルーマンのリスク・コミュニケーション(以下RC)理論を発展的に継承し、問題領域・学問領域ごとに多種多様な「リスク観察図式」を比較・媒介する新たな概念装置を開発し、リスク予測・評価・予防・責任配分・コスト分散・被害者救済・再発防止等のリスク・マネジメントの全過程を「包括的RCシステム」として分析評価しうるリスクの「社会構築主義的一般理論」の創出を企図する。 研究初年度(2022年度)は、先行研究の理論動向を俯瞰すべく内外の関連文献・資料の収集・分析、及び各専門領域で活用される「リスク観察図式」の種差的特性/射程を明らかにすることに注力した。本年度(2023年度)は、リスクを事象次元で確率論的に数値化し、その客観性を基礎に人々の「認知バイアス」を是正することで、より冷静なリスク評価と効率的対策を促す「主流派リスク学」の限界を見据えた新たな研究動向に照準し、ルーマンの提唱するリスク/ゲファーの区別に準拠した社会構築主義の立場から論点の再整理を試みた。これまでのリスクの事象次元ばかりを重視する観察図式に対して、RCの時間次元・社会次元における作動形式をふまえた再定式化を行うことで、リスク現象をより包括的な視点から分析評価する理論フレイムの端緒を掴むことができたと考えている。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
リスク・コミュニケーションの「社会構築主義的一般理論」の前提となる基礎理論研究を中心に、内外の関連文献の収集・分析、及び各専門領域で現に活用されている「リスク観察図式」の類型化を図り、それらの種差的特性/射程を明らかにする初年度の研究を引継ぎ、本年度は、これらをルーマンのリスク/ゲファーの区別に準拠した観察フレイムを用いて整理しなおすことで、錯綜する諸概念の再定式化に取り組んだ。 その際、「不確定な未来」に対する「決定責任の帰属」という形で現実化するリスク問題を考えるにあたって、客観性・合理性・因果性・確率・自由意思といった概念をめぐる科学哲学/認知科学的な知見を深めることが必須となり、これらの文献資料を精読する必要に迫られた。また、科学技術と社会の相互関係を分析する科学技術社会学(STS)やユーザーサイエンス、あるいは近年リスク対策の現場で話題を集めている行動心理学、リスク分散の要諦たる保険学等への目配りも欠かせず、結果的に文献資料研究に没頭せざるを得なくなった。社会システム理論やRC理論に関する研究蓄積は相応に持ち合わせていたが、研究課題の裾野が広大であるため、研究の前提条件となる最新の理論動向をふまえる作業に、初年度に続き大部分の時間を費やすこととなり、当初予定していたフィールド調査に踏み出せない状況にある。しかしこれは研究の遅延というよりも、本研究が目指す「RCの社会構築主義的一般理論」構築のために不可欠な前提概念の吟味という点で必須の取り組みだったと考える。 新たに購入した図書資料の精読・整理作業は着実に進行しており、新たな理論フレイムを模索する先端領域の息吹を実感しているところである。概念や方法論はいまだ錯綜した状況にあるが、ここまでの研究を中間報告する論考「現代リスク社会を観察する-社会構築主義的リスク理論のおさらい-」が近日中に公刊予定である。
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今後の研究の推進方策 |
この間、基礎理論研究に軸足を置いた学際的関連領域の文献資料の精読・整理・分析に注力せざるを得なくなったことに加え、コロナ感染状況の余波もあり、フィールドに足を運んで具体的事例ごとの「リスク観察図式」を経験的に調査する研究にはほとんど着手することができなかった。しかし、本研究は社会システム理論に準拠した「基礎理論研究を主眼とするもの」であり、理論フレイムの「概念的吟味」が先決事項であることは避けがたく、次年度も継続的にこの作業に取り組んでいくことになる。経験的データに裏打ちされない理論研究が脆弱なものになるのは必至だが、RCの現場の状況を伝える二次資料を収集して読み込むことで、ある程度はこれを補うことが可能であろうし、時間の許す範囲でフィールド調査にも取り組んでいきたいと考えている。 他方で、当初予定していた「公共哲学との架橋」については、文献資料の収集は進んでいるが、本格的な検討は道半ばという段階である。さらに、多様な問題領域/当事者ごとの「リスク観察図式」の差異が、人々のリスク認知をどのように構造化し、それが現実社会のRCにいかなる影響を及ぼすかについて、ルーマンが提起した包括的な理論フレイムを敷衍する形で、より実証的な肉付けをしていく必要もある。残された時間は限られているが、RCの「社会構築主義的一般理論」による「論点整理」が、これらの問題をクリアにするうえで必須の前提となるため、基礎概念の理論的精査とその体系化を進め、当初の研究計画に掲げた最も根幹的な目的の達成に向けて鋭意取り組んでいきたい。
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