研究課題/領域番号 |
22K01612
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研究種目 |
基盤研究(C)
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配分区分 | 基金 |
応募区分 | 一般 |
審査区分 |
小区分07070:経済史関連
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研究機関 | 駒澤大学 |
研究代表者 |
安元 稔 駒澤大学, 付置研究所, 研究員 (00067860)
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研究期間 (年度) |
2022-04-01 – 2025-03-31
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研究課題ステータス |
交付 (2022年度)
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配分額 *注記 |
2,600千円 (直接経費: 2,000千円、間接経費: 600千円)
2024年度: 1,040千円 (直接経費: 800千円、間接経費: 240千円)
2023年度: 780千円 (直接経費: 600千円、間接経費: 180千円)
2022年度: 780千円 (直接経費: 600千円、間接経費: 180千円)
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キーワード | 19世紀英国の国家と市民社会 / 官僚制・行政機構の改革 / 市場の失敗 / 国家と市場 / 公的土地登録制度 / 公衆衛生をめぐる中央と地方 / 乳児強制種痘 / 指定感染症届け出・隔離政策 / 市場経済 / 土地市場 / 土地登録本署 / 強制種痘 |
研究開始時の研究の概要 |
19世紀イギリスに固有の国家と市民社会の相克を可能な限り実証的に分析するために、本研究では国家と市場および公衆衛生政策と市民社会の対応を取り上げる。前者については、土地市場の円滑化を図り、効率的な資源配分を実現するための制度的な改革である公的土地登録制度導入の過程を分析し、市場の失敗を解決するために国家がどのような形で介入しようとしたのかを解明する。 後者については、19世紀半ばのコレラ対策を巡る中央と地方自治体の対立関係、イギリス公衆衛生史上例外的であった強制種痘制度導入と市民社会の受け止め方を分析し、国家と市民社会の相克を通じて、ヴィクトリア朝イギリス国家の成熟を明らかにする。
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研究実績の概要 |
19世紀イギリスの国家と市民社会の相克を市場経済の成熟と規制という視点から実証的に検討するという本研究の課題のうち、官僚制の整備については、新設の省庁である身分登録本署(The General Register Office)と国家の代理機関であった大蔵委員会との往復書簡集の未刊行デジタル史料の分析を2022年度後半から進めつつある。併せて関連英文・邦文文献の収集と調査に努めた。 国家と市場との関連については、自由な土地市場の展開を阻害する制度的諸要因の除去を意図した国家の政策に関する議会委員会報告書等の刊行史料の収集と参照が順調に進んでいる。また、1862年に設立された土地登録本署(Land Registry Office)が所蔵する未刊行土地権原登録史料を入手し、2022年度後半・2023年度から分析を進めつつある。同時に、18世紀初頭から地方の幾つかの拠点に設立された不動産譲渡証書登録事務所(Registry of Deeds)の特質と中央の土地登録本署との相違を解明するため、地方事務所の土地譲渡証書と関連文献の収集を行い、分析を進めた。土地権原・譲渡証書登録機関に関する本格的な歴史分析は英国及びわが国においてこれまで十分には行われておらず、本研究の試みは意義深い。 「市場の失敗」の国家による解決策として登場した公的土地登録制度、取引費用を高める不動産譲渡専門弁護士手数料を規制する政策の分析も行った。更に、政府による土地取引効率化政策の有効性を探るため、市場の動向を検討し、農業不況との関連も分析中である。 公衆衛生をめぐる国家と市民社会の相克については、19世紀にイギリスが経験した二度の天然痘大流行に対処すべく政府が採用した政策と市民社会の受け止め方を取り上げ、国家による乳児強制種痘制度と地方自治体による独自の拡散防止策、反種痘運動の実態をかなりの程度解明した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
19世紀イギリスにおける官僚制・行政機構整備の実態解明については、入手済の大部の史料の解読と解釈を逐次進めつつある。大蔵省(大蔵委員会)による新設の身分登録本署への統制の具体的内容を解明し、イギリスに固有の官僚制の一端を提示するという当初の見通しを得ることができた。今後、この作業を通じて、他国とは異なるイギリス独自の官僚制のあり方を明らかにし、その社会経済的・政治的含意を検討する予定である。 第二の課題である国家と市場との関連についても、土地登録本署文書部に依頼してあった土地権原登録の実態を示す詳細な史料の提供を受けることができた。これによって19世紀後半における土地権原登録の時系列変化・登録者の職業・地域的分布・土地購入価格・面積等について明らかにすることができるようになった。 市場の失敗を解決するために政府が導入した公的土地登録制度、地主の土地遺贈・処分を制限していた規制の緩和、借地農業経営者による土地投資の円滑化、投下資本の保障をはじめとする農業・土地政策が土地市場の効率化・活性化をもたらしたか否かを探るための史料の収集と調査も順調に進んでいる。最終年度である2024年度中に土地市場の動向を示す数量的資料を可能な限り集め、国家と市場との関連について確実な事実を明かにする予定である。 ヴィクトリア朝政府の公衆衛生政策に対する市民社会の反応については、これまでに身分登録本署長官年次報告書、救貧法委員会・地方統治委員会年次報告書、その他の刊行史料から、年齢層に関わりなく襲う深刻な感染症であった天然痘の死亡率・種痘率に関する基本的な事実確認をほぼ終えることができた。乳児強制種痘制度に対する市民の反対運動については、中央・地方新聞記事、反対同盟機関誌等から幾つかの事例を分析しつつある。今後は、そうした事例の件数を増やし、市民社会の反応の実態を見て行くつもりである。
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今後の研究の推進方策 |
本研究の第一の課題である国家形成の内容をなす官僚制・行政機構改革の解明については、新設省庁である身分登録本署と大蔵委員会との人事、予算、吏員の退職金・年金等をめぐる細かいやり取りから行政改革の具体像を復元しつつあるが、今後分析枠組みを拡げ、19世紀後半の国家形成の全体像を照射するべく、作業を進める。 第二の課題である国家と市場の関連については、情報の非対称性と取引費用の高さを主因とする土地取引における「市場の失敗」と国家による解決策とその効果を明らかにする。併せて、公的土地登録制度が土地市場に与えた影響も分析する。 公衆衛生政策に対する市民社会の反応については、二つの類型を設定して分析を進める予定である。一つは、国家が推進する乳児強制種痘政策に対して独自の天然痘予防策の策定と推進をもって対抗するという地方自治体の事例である。もう一つは、乳児種痘を履行せず、自発的結社を形成して反対運動を展開する事例である。前者は、天然痘患者の強制届け出と隔離・検疫制度を早くから導入し、発症予防効果に対する疑念に基づいて隔離病院の充実と治療を優先したレスター(Leicester)に見られる事例である。中央が推進する公衆衛生政策に対して、医学的根拠に基づいて反証を示し、合理的な疑念から抵抗した例である。後者は、北部イングランドの梳毛毛織物工業中心地キースリー(Keighley)において組織された「キースリー反強制種痘同盟」の活動を通じて、国家による強制種痘接種に対する市民的不服従を貫いた事例である。最終年度である2024年度中にレスター州文書館とキースリー地方史図書館において、地方自治体独自の天然痘予防・拡散防止策の具体的内容を示す史料および「キースリー反強制種痘同盟」の議事録、会員名簿、法令違反科料・訴訟費用弁済記録をはじめとする関連史料を複写し、詳細を明らかにする予定である。
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