研究課題/領域番号 |
22K01904
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研究種目 |
基盤研究(C)
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配分区分 | 基金 |
応募区分 | 一般 |
審査区分 |
小区分08010:社会学関連
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研究機関 | 山口大学 |
研究代表者 |
右田 裕規 山口大学, 時間学研究所, 准教授 (60566397)
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研究期間 (年度) |
2022-04-01 – 2025-03-31
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研究課題ステータス |
交付 (2023年度)
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配分額 *注記 |
650千円 (直接経費: 500千円、間接経費: 150千円)
2024年度: 130千円 (直接経費: 100千円、間接経費: 30千円)
2023年度: 260千円 (直接経費: 200千円、間接経費: 60千円)
2022年度: 260千円 (直接経費: 200千円、間接経費: 60千円)
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キーワード | 余暇論 |
研究開始時の研究の概要 |
初年度には、本研究の分析枠組みの精緻化を進めつつ、「近代日本社会の飲酒関連産業は、どのような規模と手法のもと、都市勤労層の余暇の市場化を進めていたか」という問題についての資料調査と考察を行い、本研究の中核的問いについて、飲酒サービスの供給主体の動向から応答する。次年度には「20世紀前半の都市勤労者たちは、どのような嗜好と配慮のもと、どのような仕方で街区での飲酒の時間を過ごしていたか」という問題についての資料調査と考察を進めることで、本研究の問いに対して同時代人たちの意味世界に即しながら応答を行う。最終年度には、補完的な資料調査を行いつつ、研究期間全体で得られた知見群を綜合した論文を執筆する。
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研究実績の概要 |
2年目にあたる2023年度は、前年度に引き続いて先行研究の批判的検討を進めるのと同時に、近代都市勤労層の飲酒行為の労働従属的相貌に関連した資料調査活動を実施した。資料調査においてとりわけ重点的に収集したのは、(1)アルコールの疲労回復作用に対する信仰が、20世紀の都市勤労者たちにおいて広く共有されていたことに関連した資料群、(2)戦時期国家による飲酒統制に関連した資料群、(3)近世の日本社会において、実利的・生産主義的な動機からする飲酒行為が相当程度ひろがっていたことに関連した資料群である。まず(1)の調査活動では、20世紀前半から21世紀の社会調査、世論調査、消費動向調査の報告書類を中心に調査を行い、男性勤労者の飲酒行為の中核的動機が、アルコールの疲労回復作用への期待に所在し続けてきた可能性(換言すれば、すぐれて労働順応的な動機のもと、かれらが酒に耽溺し続けていた可能性)についての証左を獲得した。また(2)では、戦時期の「生産増強運動」が、酒の疲労回復効果に対する信仰をいっそう加速させた可能性について、重点的な調査を実施した。より具体的には、戦時国家が、穀類節約という目的から、酒類の大幅な減産を指示する一方、労働力の適切な再創造という目的から、重要産業従事者に対する酒類の特別配給を国策的に展開していたこと、また陸海軍の糧食部門でも、疲労回復剤として酒類が重用されていたこと、等々について資料収集を実施した。(3)の調査では、近世村落社会の年中行事(田植、米つき、稲刈り、等々)にあたって見られた共同飲酒が、一方ではすぐれて儀礼的ないし誇示的な動機のもと営まれながらも、他方では実利的・労働的な動機によって基礎づけられていたこと(アルコールの疲労除去作用や暖房作用に対する信仰から営まれていたこと)についての資料と知見を獲得した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究の目的は、近代日本社会の都市勤労層が編成した飲酒文化が、労働従属的な性質を多分に帯びていた可能性について、かれらの飲み方や酔い方にそくして検討を行い、近代飲酒文化の脱労働的性質を強調する既存の解釈の妥当性を再考することにある。本研究のこの問題意識をふまえると、本年度の研究活動は、酒の薬理作用をめぐって同時代人たちが共有した社会的想像力にそくしながら、近代日本の飲酒者・泥酔者たちの労働従属的・生産主義的な形象を実証的に呈示した試みとして意義づけられる。たとえば20世紀から21世紀の都市勤労者たちの間で、諸々のアルコール飲料には、疲れを除去し、気力を喚起する作用が含まれているという信仰が、(専門家集団がこの「薬効」を一貫して否定し続けてきたにもかかわらず)広く共有され、なおかつ飲酒を促す最大の動機として機能し続けてきたこと。1940年代の生産増強運動において、この労働補完的な「薬効」への信仰にもとづいた、軍需品工場従事者たちへのアルコール飲料の特配が、国策的にくりひろげられていたこと。また、近代よりもはるかに飲酒行為の反労働的性質が濃厚に見られたと一般にかんがえられている近世社会でも、酒の疲労回復作用への信仰(労働補完的な動機にもとづいた飲酒)が、全国各地であらわれていたこと。本年度の研究活動では、一連の事実に関連した資料群を調査・整備することで、日本の飲酒文化がおびてきた労働従属的な性質を、長期的かつ多面的に把捉することができた。化学工業の発達、長時間労働・夜間労働の定着、酒類の商品化の進展(自家醸造の後退)などのマクロな社会動向と絡めながら、近代都市勤労層の飲酒行為が労働補完的な性質を社会的に付与されていった経緯をつまびらかにするまでには至っていないものの、以上の点から、本研究の計画は概ね順調に進展していると考える。
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今後の研究の推進方策 |
今後の研究の推進方策としては、とくに次の3点を中心に、調査分析を進める予定である。第1には、節酒推進団体や専門家集団の動向である。都市勤労者たちの一般的信仰とは対照的に、20世紀の労働科学者、衛生学者、禁酒団体は、アルコールには疲労回復作用は含まれないことを、一貫して啓蒙し続けていた。ここでは、専門家集団のこのような否定的見解にもかかわらず、なぜ酒の労働補完的薬効が強固に信仰され続けたのかについて調査分析を実施し、この「薬効」に対する社会的想像力の生成メカニズムに関する知見と理解を深めることがめざされる。第2には、近世と近代の比較作業である。酒の疲労回復作用に対する近代都市勤労層の信仰には、近世社会の信仰をそのまま継承した側面ばかりでなく、近世とは異なる機制と背景のもと拡大した形跡が見うけられる。ここでは、疲労回復剤市場の成長、酒類の化学薬品的イメージの濃化、長時間労働の一般化、等々の諸要素と関連づけながら、アルコール飲料の疲労除去作用に対する信仰が拡大していった経緯を追跡することで、近代日本社会にあって飲酒が労働従属的な営みへと変貌した社会的理由についてあきらかにする。第3には、20世紀日本の酒類市場において、ビールが覇権を掌握していった過程についての調査である。アルコール度数の低さにくわえ、すぐれた回復作用を持つことをセールスポイントとして普及したこのアルコール飲料は、1930年代には清酒に次いで消費量の多い酒となり、さらに高度経済成長期には清酒以上に好まれる代表的アルコール飲料へと成長する。ここでは、労働力の再創造や理性の保持(酩酊・泥酔状態への嫌悪)という、労働順応的な動機のもと、戦後日本の勤労者の間でビール需要が激増していった可能性について、ビール製造各社のメディア広告や、同時代の酒類イメージ調査などを手がかりとしながら検証する。
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