研究課題/領域番号 |
22K03209
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研究種目 |
基盤研究(C)
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配分区分 | 基金 |
応募区分 | 一般 |
審査区分 |
小区分10040:実験心理学関連
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研究機関 | 神戸大学 |
研究代表者 |
松本 絵理子 神戸大学, 国際文化学研究科, 教授 (00403212)
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研究期間 (年度) |
2022-04-01 – 2025-03-31
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研究課題ステータス |
交付 (2022年度)
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配分額 *注記 |
4,160千円 (直接経費: 3,200千円、間接経費: 960千円)
2024年度: 1,040千円 (直接経費: 800千円、間接経費: 240千円)
2023年度: 1,170千円 (直接経費: 900千円、間接経費: 270千円)
2022年度: 1,950千円 (直接経費: 1,500千円、間接経費: 450千円)
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キーワード | 注意 / ネガティブバイアス / 個人差 / 認知制御 / 信号抑制 / トップダウン / attention / emotion / inhibition / filtering |
研究開始時の研究の概要 |
脅威情報が認知処理に及ぼす影響の研究は,日常生活上の行動選択に関わる課題やメンタルヘルスにも関連しうる課題である。さらに,今般のコロナ禍における未知の脅威に関する情報が混乱の中拡散された経験から,脅威情報がヒトの認知のどのような側面に特にインパクトを与えるのかを調べることは社会的な必要性の高い課題であると考えられる。そこで本課題では外部環境から与えられる情報の感情価と時間的先行性に着目し,基礎的な心理学実験パラダイムを用いて認知へのインパクトの定量的検討を試みると共に,脳活動計測を組み合わせて行動指標との影響関係を統計的に解析し脅威を抑制する脳の働きを調べるものである。
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研究実績の概要 |
我々の日常行動は,周辺環境下の情報に左右される。生体にとって危機的な状況が迫っている場合には,脅威情報に対する反応を優先的に処理することで危機に対処しようとする働きがあり,ネガティブバイアスとして知られている。しかし多くの研究が,脅威情報に接した後の処理に焦点をあてているのに対して,脅威が与えられる確率などの先行情報による心的処理への影響については不明な点が多い。本研究では心理学実験と脳機能測定を併せて用い,事後に呈示される妨害刺激の情動価に関する先行情報がもたらす注意制御過程への影響を,認知的指標と事象関連電位の相互の解析により明らかにする。 特に先行呈示される妨害刺激の感情価に着目することで,日常行動にも影響の大きい,感情価を含む情報と認知制御の関係の解明に資するものと考えられる。令和4年度は文献的検討と情報収集を進め,脅威情報に伴う心的処理の影響に関する知見を整理すると共に,近年の感情と認知制御に関するモデル間の比較等を行った。また,感情価を含む情報の呈示とそれが後続刺激に与える効果の持続的変化を検討するための心理学実験に着手した。実験では高速逐次視覚呈示法(RSVP)パラダイムを用いて脅威刺激呈示による後続課題への影響を調べた。その結果,脅威刺激が課題関連で能動的処理が求められる場合に後続処理に対して妨害的に働くことが示された。これらの結果は学会・研究会にて報告を行うと共に,追加の検討を行って学会誌への投稿を準備している。先行する脅威情報が後続処理の資源を奪う現象(emotion-induced blindness)はこれまでにも報告がなされているが,それらの研究間の結果はかならずしも一致しておらず,脅威情報の処理水準や後続処理との関連性などにより影響を受けると考えられている。今後さらに脅威情報に対する認知制御や個人差等に関しても検討を進める。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本課題では,脅威情報が先行して与えられた時のトップダウンの注意制御について,心理実験及び脳波計測により検討を行うことを目標として,2022年度は心理学実験を中心に進める計画であった。特に脅威情報が先行して与えられた時の注意制御について,脅威刺激の処理水準を変化させて検討を行った。脅威感情は生命を脅かす危険から闘争・逃走するために重要である一方で不快な心的体験をもたらすため,意図的に制御可能であることが望ましい。しかしこれまでの知見から,脅威情報に対しては自動的・不可避的な処理が生じる優先バイアスが知られている。先行研究からは脅威に対し自動的に向かう注意には個人差は小さく自動的であるが,脅威に対する回避処理はトップダウンの注意制御により行われる可能性が高く,また不安感や抑うつ傾向などの心的特性の個人差に影響を受けることが考えられる。 そこで,本研究では初年度はパイロットスタディとしていくつか心理実験を実施した上で,刺激呈示と課題処理間の影響の時系列を分析可能な高速逐次視覚呈示法(rapid-serial visual presentation)パラダイムを用いて,脅威刺激と課題標的の呈示間隔を操作して影響の及ぶ時間範囲を検討した。その結果,800ms程度の時間間隔では影響は認められず,200ms程度の短い時間間隔でのみ影響が認められた。この結果は脅威に対して自動的に向かう注意の持続時間は比較的短く,また個人差も小さいことを示しており先行研究の結果を概ね支持するものであった。また,脅威刺激に対して能動的処理の有無を操作したところ能動的処理が要求される場合において脅威の後続への影響が認められた。これらの結果を受けて,心的特性の個人差による分析や回避処理に関する実験検討と脳波実験へと展開する予定である。
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今後の研究の推進方策 |
特に2023年度は脅威の出現確率の操作や妨害刺激の感情価を予告した場合の課題成績への影響を,妨害刺激のフィルター効率の変化を指標として検討し,トップダウンに脅威情報を制御し得るのかを心理学実験により検討を進めると共に,脳波計測実験の準備を進めたい。無視すべき妨害刺激に関する先行手がかりについては,異なる仮説がある。1つは,妨害刺激の手がかりが与えられた場合は一旦注意が引き付けられ,その後に無視をするという「探索と抑制」処理である。もう一つは,ディストラクタの手がかり情報に基づきトップダウンに抑制することが可能であるという「信号抑制」処理である。これまでに研究代表者らは,視覚探索課題を遂行する前に無視すべき刺激の色情報を先行手がかりとして与えた場合と標的刺激の先行手がかりを与えた場合について,事象関連電位(ERP)を用いて比較を行っている。その結果,抑制すべき対象の情報が先行して与えられる場合,トップダウンに注意制御することが可能であり,「信号抑制」的に妨害刺激は抑制し得ることが示唆される。しかし先行研究では,事前情報に感情価が含まれていない。そのため感情価を伴う場合には,同様の注意制御が可能であるかは不明な点が多く,脅威情報の処理特性が及ぼす影響を調べる必要がある。さらに,2023年度ではそれらの感情価に対する心的な個人特性との相互作用を検討し,心的特性と感情価の事前処理と抑制のモデル化について検討を進める。 以上の通り,本年度の課題研究では,ディストラクタ刺激の感情価を試行ブロックの開始時に先行情報として付与した場合,脅威情報の抑制は可能であるかという問いについて,検討を進めたい。脳波計測実験では心理学実験と実験構成などが異なるためどのように具現化するかについては検討が必要だが,いくつかのパイロットスタディを実施し実験デザインの最適化を試みたい。
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