研究実績の概要 |
Dolgachevによる格子偏極K3曲面のミラー対称性の定式化は, "偏極格子の(K3格子内での)直交補格子が双曲格子Uを含む"という条件が課されるため, ミラー対称性の完全な定式化とはなり得ないことが知られていた. 以前の研究において, 我々は対象を一般化K3曲面に拡張することでこの問題を解決し, 一般化K3曲面のミラー対称性の定式化を提案した. 鍵となるアイデアは向井格子偏極である. 本年度は特に直交補格子が双曲格子の真の定数倍U(k)のみ含む場合をさらに考察し, 幾何学的にはBrauer群の捻り, 及び非可換変形として理解できることを示した. また向井格子偏極を課した一般化K3曲面のモジュライ空間の記述をより明確にし, 共形場理論的なミラー対称性(Aspinwall-Morrison)との関係を明らかにした.
細野忍氏との共同研究において, 種数1のミラー対称性(BCOV理論の特別な場合)を援用することで, 格子偏極K3曲面のモジュライ空間であるIV型対称領域のカスプ形式を構成する新たな手法を提案した. 具体的には, 3次元Calabi-Yau多様体に関する種数1のWitten指数の位相極限公式をK3曲面に適当に適用することでBCOV公式を定義し, さらにモジュライ空間上で自然な境界条件を課すことで保型形式が得られることを多くの例で確認した. 特にClingher-Doranが研究したU+E_8+E_9偏極K3曲面に対しては, BCOV公式から井草カスプ形式が得られることを示した. 一般論を確立するまでには至っていないが, 多くの興味深い例の存在はこの新しい分野の重要性を示唆していると考えている.
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