研究課題/領域番号 |
22K05671
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研究種目 |
基盤研究(C)
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配分区分 | 基金 |
応募区分 | 一般 |
審査区分 |
小区分39050:昆虫科学関連
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研究機関 | 慶應義塾大学 |
研究代表者 |
柴尾 晴信 慶應義塾大学, 自然科学研究教育センター(日吉), 訪問研究員 (90401207)
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研究分担者 |
松山 茂 筑波大学, 生命環境系, 講師 (30239131)
植松 圭吾 慶應義塾大学, 法学部(日吉), 助教 (00793861)
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研究期間 (年度) |
2022-04-01 – 2025-03-31
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研究課題ステータス |
交付 (2023年度)
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配分額 *注記 |
4,160千円 (直接経費: 3,200千円、間接経費: 960千円)
2024年度: 780千円 (直接経費: 600千円、間接経費: 180千円)
2023年度: 1,430千円 (直接経費: 1,100千円、間接経費: 330千円)
2022年度: 1,950千円 (直接経費: 1,500千円、間接経費: 450千円)
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キーワード | 社会性アブラムシ / 植物ゴール / ホメオスタシス / 階級分化 / 季節多型 |
研究開始時の研究の概要 |
社会性昆虫は巣を建築し、外部環境が変化しても巣内の状態を一定に保つホメオスタシスのしくみを進化させている。これには同種個体間で作用するフェロモンの役割が重要だが、異種個体間で作用するアレロケミカルの役割は不明である。社会性種であるハクウンボクハナフシアブラムシは、植物上にゴールを誘導して安定した巣内環境を実現している。本研究では、巣内ホメオスタシス調節におけるアブラムシと植物の役割分析、ホメオスタシスの維持・破綻機構に関わる環境要因の特定、植物との異種間コミュニケーションに関係する情報伝達物質の探索をおこない、本種のホメオスタシスを基軸とした表現型多型(階級/モルフ分化)の制御機構を解明する。
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研究実績の概要 |
本年度は、ハクウンボクハナフシアブラムシのゴールがアブラムシに安定した巣内環境を提供するメカニズムについて、特にゴールの光合成によるアブラムシへの酸素供給の可能性を検討した。本種のゴールは複雑なサンゴ状の巣に成長し、上部に開口部がないため、酸素が行き届きにくい構造をしている。6月から9月にかけて、野外でゴールをサンプリングして実験室に持ち帰り、注射針型酸素センサーを搭載した酸素濃度計(ResOx5695-L)を使用して、ゴールの上半部と下半部の酸素濃度を測定し比較した。その結果、ゴール内の酸素濃度は外界より0.1-1%程度低く、上半部の方がわずかに下半部よりも低いものの、比較的高い酸素濃度が維持されていることがわかった。次に、本種の低酸素耐性を調査するために、ゴール全体をビニール袋に入れて上部を密閉した状態と、袋の上部を開けた状態で暗室内に保管した。1週間後、密閉処理したゴールでは袋内の酸素濃度が14%未満まで低下し、虫が全滅していたが、開放処理したゴールでは袋内の酸素濃度が約19%であり、虫は生存していた。これにより、本種の低酸素耐性が高くないことが示唆された。また、開放処理した袋内の二酸化炭素濃度は約1%であったが、密閉処理した袋内の二酸化炭素濃度は、ガス濃度計(FUSO デジタルCO2・O2チェッカー)の測定限界を超えており正確な数値が得られなかったが、恐らく5%から8%程度になると考えられた。最後に、野外からゴールと宿主植物の葉を枝ごと切り取って実験室に持ち帰り、密閉容器に入れ、自然光下で二酸化炭素の吸収量と酸素の発生量をガス濃度計で測定し比較した。その結果、ゴールは植物の葉には劣るが、二酸化炭素を取り入れて酸素を出しており、実際に光合成を行なっていることが確認できた。さらに構造上、酸素が行き届きにくい上半部の方が下半部よりも光合成能力が高いことが明らかになった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究では、注射針型酸素センサーを備えた酸素濃度計を用いて、本種のゴール内の特定の場所で酸素濃度を直接測定することに成功した。複雑な構造を持つゴールでは、上半部の酸素濃度が下半部よりも低いことが明らかになったが、酸素濃度は比較的高い水準で維持されていた。本研究の重要な進展は、ゴールが植物の葉と同様に光合成を行い、上半部の光合成能力が高いことを示したことである。実際、ゴール内の酸素が減少すると、低酸素に対するアブラムシの耐性がないことが明らかになっている。1週間遮光密閉されたゴール内では高い死亡率が観察され、これはゴールの光合成がアブラムシの生存において重要であることを示唆している。これらの結果は、アブラムシのゴールが光合成によって酸素を供給し、ゴール内と大気との間で二酸化炭素・酸素のガス交換を行う可能性を示唆し、ゴールが適応的な構造物であることを強力に示している。
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今後の研究の推進方策 |
アブラムシのゴールが適応的な構造なのかを詳しく調査する。そのために、ゴールの上半部と下半部の外部構造や内部構造を観察・比較し、生理的機能も評価・比較する。特に、ゴールのガス交換や蒸散作用を各種計測機器を用いて測定し、ゴールが巣内環境を調節するメカニズムを明らかにする。また、ゴールの光合成や蒸散がアブラムシの生存に影響するかを検証するために、密閉処理したゴールを人工照明下または暗黒下で管理し、アブラムシの生存を調査する。 今回は、ゴール内の局所的な酸素濃度を測定するために、注射針型酸素センサーを備えた酸素濃度計(ResOx5695-L)を使用した。このセンサーはガルバニ電池式であり、酸素との化学反応によって電気的な信号を生成するが、この仕組みから、計測場所の酸素が消費されるという欠点がある。また、閉鎖型センサーでもあるため、ポンプでの吸引を行うが、ゴール内の酸素濃度はやや大域的に測定されてしまう可能性がある。今後は、より局所的な場所の酸素濃度を正確に測定する必要がある。特に、虫が高密度で存在するゴールの突起部位などでは、酸素濃度がより低くなる可能性が高いため、これらの場所での測定を重視したい。そのために、酸素消費がなくポンプでの吸引を必要としない蛍光測定ベースの光学センサーシステムを導入する予定である。 また、本種のゴールが巣内環境を調節する仕組みを理解するためには、光合成や蒸散作用を可能にする微細なメカニズムについても理解する必要がある。光合成が活発な場所や水分蒸発が多い場所では、気孔の役割が重要である。そのため、気孔密度が高い場所が存在することが予想される。ゴールは複雑な構造を持っているため、ゴール下面に開いた小孔だけではガス交換が不十分である可能性がある。気孔の数や分布、開閉の有無を調査し、気孔がゴールのガス交換にどのように関与しているかを明らかにする予定である。
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