研究課題
基盤研究(C)
シフトワークや経済のグローバリゼーション、生活の夜型化による慢性時差環境は、体内リズム不全のみならず、高血圧、肥満、心血管障害、ガンの高リスク要因であり、その克服は現代社会の喫緊の課題である。本研究では、体内時計の中枢器官である視交叉上核 (SCN) に発現する新規オーファン受容体であるGpr19を介するシグナルと、SCNの神経ペプチドであるアルギニンバソプレシンを中心とした時差病態の脳内メカニズムを解明し、時差治療法の開発を試みる。
概日時計はおよそ24時間周期で振動する生物学的計時システムであり、環境の明暗といった時刻手がかりよって地球の自転に伴う24時間の昼夜周期にリセットされる。哺乳類では、視床下部の視交叉上核(SCN)が中枢時計として機能しており、種々の生理機能の概日リズムを調節している。時計の発振における重要な特徴として、急激な外乱に曝されたとしても、元々の振動リズムを維持できるという摂動に対する耐性が知られているが、このような頑健性の基盤となる分子メカニズムはほとんどわかっていない。本研究においては、マウスを明暗周期が急激に前進する時差環境下におき、元々示していた行動リズムの位相が新明暗環境に何日かかって再同調するかを測定することで、急激な明暗変動という予期せぬ外乱に対し、概日時計が頑健性を構築しているメカニズムを探索した。私たちのこれまでの研究で、マウスを飼育する明暗リズムを8時間前進させた場合、野生型マウスではおよそ10日後に新しい明暗リズムに再同調することがわかっていた。一方で、アルギニンバソプレッシン(AVP)の受容体であるV1aとV1bを共に欠損したダブルノックアウトマウスでは、8時間の明暗前進の後、すぐに再同調した。これは、V1aとV1bが急激な明暗変動下において、もともとの概日リズムの位相を維持する機能を持つことを示すものである。今回、私はV1aとV1bのコンディショナルノックアウトマウスを作製し、この時差変動に対する頑健性は、AVP-V1a受容体を介したSCN内部と、下垂体前葉AVP-V1b受容体を介したSCN外部の2つの独立したAVP経路によって媒介されることを示した。本研究の成果は、時差という外乱に対するSCNの頑強性の構築に、SCNだけでなく下垂体からのシグナルも貢献していることを示すだけでなく、より効果的で実用的な時差症状改善薬の創薬にもつながることといえる。
2: おおむね順調に進展している
予期せぬ外乱に対する概日時計発振の頑健性を調べるため、明暗リズムを急に8時間前進させた後に、マウスの行動リズムが新明暗リズムに何日後に再同調するかを測定した。概日リズムの中枢であるSCNのAVP、V1aあるいはV1bがこの頑強性を担うかを調べるために、AVP、V1aあるいはV1bそれぞれのSCN特異的コンディショナルノックアウトマウスを作製し時差実験を行ったところ、SCN特異的AVPノックアウトマウスとSCN特異的V1aノックアウトマウスは5日で再同調したが、SCN特異的V1bノックアウトマウスは野生型マウスと同じく10日で再同調した。つまり、SCNのAVPとV1aは概日リズムの頑強性を構築するが、V1bはSCN外のものが頑強性に寄与するということである。V1bは下垂体前葉の細胞で発現しているため、下垂体特異的V1bノックアウトマウスを作製したところ、この変異マウスは明暗前進後、5日で再同調した。また、下垂体のV1bは室傍核小細胞が産生するAVPを受け取るが、この小細胞特異的AVPノックアウトマウスも同様に明暗前進後に5日で再同調した。これらの結果より、室傍核-下垂体のAVP-V1b経路が、概日リズムの頑強性を構築することが判明した。さらに、下垂体前葉のV1bシグナルは、SCNのソマトスタチン(SST)細胞に作用することと、SSTあるいはSST受容体のノックアウトマウスも、8時間の明暗前進の後、V1bノックアウトマウスと同程度に5日で再同調した。本研究は、SCNのAVP-V1aシグナルだけでなく、これまで概日リズムとの関与が想定されていなかった、下垂体前葉AVP-V1bシグナルも概日時計が示す外乱への頑強性を担うことを示したものである。
まず、下垂体のV1bシグナルがどのような経路を介してSCNに作用するかが、最も重要な今後の研究課題である。これまでに、このV1b経路は副腎のグルココルチコイド系を活性化することが知られているが、グルココルチコイド受容体はSCNには発現していないため、仮にグルココルチコイドが関与するとしても、SCNへは直接ではなく間接的に入力していると考えられる。また、副腎の概日時計を操作した際に、時差環境下において再同調が早くなるとの報告があるが、V1b受容体のノックアウトマウス程は早くならないため、他にも時差への頑強性の構築を形成する機構があると推察される。引き続き、種々のコンディショナルノックアウトマウスや阻害剤の局所投与などにより、下垂体V1bからSCNへの経路の解明に取り組みたい。次に、SCN内のAVP/V1a経路と、室傍核AVPから下垂体V1b経路という2つの経路を同時に不活性化すると、概日リズムの頑健性が劇的に低下し、明暗リズム前進後、行動リズムはすぐに再同調したが、これは、SCNのAVP/V1a経路と室傍核AVP-下垂体V1b経路が独立して概日時計の頑健性に対し相加的な寄与を示していることを示す。生活リズムが大きく変動するシフトワークは生活習慣病のリスク因子であるが、本研究の成果により、SCNだけでなく下垂体からSCNへの時刻維持シグナルを調整すれば時差症状を改善できると期待できるため、シフトワークに関連した病態を軽減する創薬を促進したい。
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