研究課題/領域番号 |
22K07332
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研究種目 |
基盤研究(C)
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配分区分 | 基金 |
応募区分 | 一般 |
審査区分 |
小区分51020:認知脳科学関連
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研究機関 | 獨協医科大学 |
研究代表者 |
甲斐 信行 獨協医科大学, 医学部, 助教 (50301750)
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研究期間 (年度) |
2022-04-01 – 2025-03-31
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研究課題ステータス |
交付 (2023年度)
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配分額 *注記 |
4,160千円 (直接経費: 3,200千円、間接経費: 960千円)
2024年度: 1,170千円 (直接経費: 900千円、間接経費: 270千円)
2023年度: 1,040千円 (直接経費: 800千円、間接経費: 240千円)
2022年度: 1,950千円 (直接経費: 1,500千円、間接経費: 450千円)
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キーワード | 記憶 / 情動 / 海馬 / ドーパミン |
研究開始時の研究の概要 |
エピソード記憶とはある経験をした際の文脈を符号化する記憶であり、喜びなどの快情動を含む経験の記憶は長く残る。中脳のドーパミン神経は快情動により活性化されて脳機能を修飾する働きを持つが、快情動を伴うエピソード記憶の形成過程で文脈情報と快情動の連合が生じる際にドーパミン神経が果たす役割は明らかではない。また、快情動を伴ったエピソード記憶の想起時には、快情動が脳内で再現されることが推測される。これは、薬物に対する依存の再発に繋がる現象であるが、その機構は不明である。本研究では、文脈情報-快情動間連合の回路機構の解明と、快情動を伴うエピソード記憶の強化と依存の再発を説明する神経回路基盤の理解をめざす。
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研究実績の概要 |
エピソード記憶とはある経験をした際の状況などの文脈の記憶で、脳の海馬に形成される。エピソード記憶の形成は、出来事に伴う喜びなどの情動により強化される。また、美味しいものを食べた快情動を含む経験の記憶は一回忘れた後でも、その経験に関連した感覚刺激(味覚や視覚、嗅覚など)を再び受けて蘇ることがある。この現象はエピソード再生として知られており、依存の再発(薬物依存症患者が薬物に関連した文脈刺激を受けることで忘れていた薬物欲求が蘇る現象)に関わると推測されるが、そのメカニズムは不明である。 本年度は快情動を伴うエピソード記憶の形成とエピソード再生に関わる海馬を含む神経回路の実体を解明するため、マウスの条件付け場所嗜好性試験を用いて、場所と甘味の連合記憶を、嗜好の強さが異なる2種類の甘味(スクロースとコンデンスミルク)で比較した。その結果、スクロースとそれに比べて嗜好性の高いコンデンスミルクの記憶は、どちらも同等に形成されるがエピソード再生の起こりやすさに違いがあり、コンデンスミルクの記憶で起こるエピソード再生が、同一条件下のスクロースでは起きないことを見出した。さらに、背側海馬CA1領域のドーパミンD1クラス受容体の機能がスクロースの記憶形成に必要である一方、コンデンスミルクの記憶形成には必要ないという結果を得て、スクロースとコンデンスミルクの記憶は行動レベルで同等に形成されるがその脳内機構には違いがあり、エピソード再生の能力も異なることを明らかにした。この結果は、エピソード再生を起こす記憶と起こさない記憶では、記憶の形成や保持に携わる海馬の神経機構に違いがあることを示し、忘れてしまう記憶と思い出される記憶の違いを神経科学的に解明する重要な手掛かりになると考えられた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
前項目の研究実績をさらに発展させてエピソード再生の起こる記憶と起こらない記憶の脳内メカニズムの違いを明らかにするため、コンデンスミルクとスクロースそれぞれの記憶形成に働く神経回路を化学遺伝学的手法で同定する実験を行った。今のところ、令和6年度上半期中には統計学的に有意な結果を示すことができる程度までに進捗している。またこれまでにコンデンスミルクとスクロースの記憶形成の脳内機構に違いが示唆されたことを踏まえて、コンデンスミルクまたはスクロースを摂取した際に脳内で神経活動が活性化する領域の分布の違いを明らかにすることが今後の研究進展に有効と考えられた。そこで新たに神経活動マーカーであるc-Fosの免疫組織化学的染色を脳全域で行い、それぞれの甘味の摂取後に神経活動の上昇する脳部位を網羅的に検索した。現時点の予備的な解析結果では、少なくとも1か所の脳部位でコンデンスミルクとスクロースの摂取時の神経活動に統計学的に有意な違いが見出されている。またこれまでに、背側海馬CA1領域のドーパミン神経伝達がスクロースの記憶形成に働くがコンデンスミルクの記憶形成時には働かない可能性が示されたことを踏まえて、この可能性を検証するため海馬におけるドーパミン放出を直接計測することが研究の進展に有効であると考えられた。そこで本年度は新たにスクロース又はコンデンスミルクを摂取時の背側海馬CA1領域におけるドーパミン放出を蛍光センサーを用いて計測する実験に着手した。実験装置の数に制約があるため統計学的な有意差が得られる結果には現時点で至っていないが、予備的な結果が得られつつある。以上の点から、本研究の目的である快情動を伴うエピソード記憶の形成とエピソード再生に関わる海馬を含む神経回路の実体解明に向かって成果が結実しつつある本研究はおおむね順調に進展していると考えられる。
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今後の研究の推進方策 |
現在までの進捗状況に基づいて考えると、スクロースとコンデンスミルクの記憶形成に関わる神経回路の違いを明らかにしていく今後の過程で、スクロースの記憶形成に必要な神経路の細胞体が存在する脳部位(起始核)が最初に明らかになる可能性が高い。その場合は引き続き化学遺伝学的手法を用いて、その起始核から種々の領域に投射する神経線維の中で特に背側海馬CA1領域に入力する線維がスクロースの記憶形成に必要だとする作業仮説を検証する。コンデンスミルクの記憶形成については、スクロースの記憶形成と別の起始核、投射先、神経伝達物質のいずれかが働く可能性を検討する。この際の起始核の同定はこれまでと同じ化学遺伝学的手法を用いる。投射先と神経伝達物質の同定は、抑制性神経伝達物質受容体作動薬の局所注入による神経活動抑制、又はドーパミンやノルアドレナリンなどのモノアミン神経伝達もしくは内因性オピオイドを介した神経伝達にそれぞれ働く受容体の阻害薬の局所注入により試みる。起始核や投射先を同定する際の候補部位は、先行研究で類似の行動実験課題を用いて記憶形成に働くことが示されている脳部位を第一候補にする。さらにこれまでに行ったc-Fos発現を指標にして甘味摂取後に神経活動の上昇する脳部位を網羅的検索した実験の結果解析とその追加実験を進めて、統計学的に有意な上昇の認められた脳部位を、解析する起始核や投射先の候補部位に加える。また、モノアミン神経伝達の関与が示された場合は、実際にその部位でモノアミンの放出が増加していることを、蛍光センサーを用いた計測系により確認する。以上の結果から、スクロースとコンデンスミルクの記憶形成に関わる神経機構の違いが明らかになれば、次にこのコンデンスミルクの記憶形成に特徴的な神経機構がエピソード再生の過程に及ぼす影響を、光遺伝学的手法などを用いて明らかにする。
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