研究課題
基盤研究(C)
急性腎障害は患者の生命予後に大きく影響する病態であるが、いまだに治療法が確立していない。治療につながる病態の解明が重要である。近年臨床的に重要な場面が増えてきているがん治療と腎障害の両者にまたがる概念としてOnconephrologyという領域が注目されている。その中で、免疫反応と腎障害が改めて着目され、中でも過剰な細胞性免疫が急性腎障害進展に果たす役割が重要とされている。我々が以前より検討を行っている内因性リガンドMRP8が細胞性免疫による腎障害進展に果たす役割を明かにすることは、新しい治療にヒントを与えることができると思われる。
本研究の目的は、内因性リガンドMRP8が急性腎障害(AKI)の病態に果たす役割を明らかにすることである。MRP8がTLR4リガンドによって誘導される炎症を増幅することが種々の病態を悪化させることから、MRP8ワクチン(大阪大学 中神研究室より供与)投与効果を虚血再灌流モデル(IRI)で確認した。予想に反して腎障害の悪化が認められたがその機序は不明であった。MRP8は生体内でMRP14とヘテロダイマーを形成して安定化してして存在している。大阪大学中神研究室よりりMRP14ワクチンについても供与いただき、その効果を検証した。その結果、MRP8ワクチン同様、ワクチン投与による腎障害の悪化が再現されたことから、IRI前の内因性リガンドMRP8/14ペプチド投与は再現性を持って病態を悪化させると考えられた。我々は骨髄細胞特異的MRP8欠損がマクロファージのキャラクターを変化させる(ICAM1, Mincle発現が低下する)ことで抗GBM腎炎の糸球体病変軽減につながることを報告した(Hata Y, Kuwabara T. Sci Rep 2020)。そこでワクチン投与を行ったIRI腎組織の単球-マクロファージ特性についてFACS解析を行った。その結果、ICAM1, Mincle発現は同等であった。しかし、CD11b+/Ly6G-マクロファージはワクチン投与群と非投与コントロール群で同等であった一方、ワクチン投与群においてCD11b+/Ly6G+ MDSCの増加が認められた。骨髄由来抑制細胞MDSCはがん領域において腫瘍微小環境で誘導され、エフェクター細胞を抑制することがよく知られている。MRP8欠損マウスで認める変化とは異なるものの、マクロファージ特性が炎症抑制方向となる意味では類似の結果であった。今後T細胞含めた解析が重要な可能性がある。
2: おおむね順調に進展している
当初予定していたワクチン投与実験について、MRP8に加えてMRP14ワクチン投与実験も行い、腎障害および細胞特性の変化について検証することができた。その結果、ヘテロダイマーを形成する2つの分子ワクチン両者による効果の再現性が確認できた。さらに腎臓浸潤単球-マクロファージ系細胞特性のFACS解析の結果についても、過去に我々が報告した骨髄特異的MRP8欠損マウスの結果と照らし合わせることにより、MRP8/14ワクチンが骨髄球系細胞特性に与える影響について考察することができた。
初年度の検討により、MRP8/14ワクチン投与により単球-マクロファージ系の中でもCD11b+/Ly6G+ 骨髄由来抑制細胞(MDSC)分画が増加することが確認できた。この結果は過去の我々の骨髄特異的MRP8欠損マウスと同方向の炎症抑制性の結果であったが、ワクチン投与によるAKI悪化の機序はまだ明らかになっていない。T細胞系を含む骨髄球系以外の細胞も含めた検討を行うことが必要と考えられる。また、我々が有する骨髄特異的MRP8欠損マウスでIRIによるAKIモデルを作製、ワクチン投与モデルと比較することにより、骨髄由来細胞におけるMRP8欠損(あるいは阻害)とワクチンによって賦活化される細胞性および液性獲得免疫の役割について考察を深めることができると考えられる。推測の域は出ないが、MRP8/14ワクチンによる獲得免疫の賦活化がAKIを悪化させる事象に相当する臨床的場面として、術後AKIの悪化も考えられる。すなわち比較的大きな侵襲を伴う手術はMRP8/14を含めた内因性リガンドの暴露を惹起することでこれらに対する獲得免疫の賦活化が起こり得る。今年度は骨髄特異的MRP8欠損マウスでAKIモデル作成および内因性リガンドの暴露を伴うような侵襲を加えた後にAKIを惹起するような検討も行う。
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