研究課題/領域番号 |
22K09995
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研究種目 |
基盤研究(C)
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配分区分 | 基金 |
応募区分 | 一般 |
審査区分 |
小区分57030:保存治療系歯学関連
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研究機関 | 北海道大学 |
研究代表者 |
井上 哲 北海道大学, 歯学研究院, 名誉教授 (80184745)
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研究分担者 |
吉田 靖弘 北海道大学, 歯学研究院, 教授 (90281162)
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研究期間 (年度) |
2022-04-01 – 2025-03-31
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研究課題ステータス |
交付 (2023年度)
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配分額 *注記 |
4,160千円 (直接経費: 3,200千円、間接経費: 960千円)
2024年度: 1,300千円 (直接経費: 1,000千円、間接経費: 300千円)
2023年度: 1,430千円 (直接経費: 1,100千円、間接経費: 330千円)
2022年度: 1,430千円 (直接経費: 1,100千円、間接経費: 330千円)
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キーワード | 湿性硬組織 / 接着 / 機能性分子 / シュウ酸 / ポリカルボン酸 |
研究開始時の研究の概要 |
『濡れた歯や骨』に接着する技術・材料があれば,保存修復における根面う蝕治療,歯内療法における根尖部の完全封鎖,歯周外科における薬剤・材料の効果的な送達とGTR膜の封鎖性向上など,保存治療系歯学全体に革新的な成果をもたらす。しかしながら,現在の歯質接着性材料でも,濡れた歯面はもちろんのこと,乾燥が不十分な歯面にさえ良好な接着を得られない。このことは根面う蝕治療に課題を抱える老年歯学でも大きな問題として取り上げられ,新しい材料・技術の開発が切望されている。そこで本研究では,保存治療系歯学の共通の課題として,『濡れた歯や骨』に接着する機能性分子の理論設計と合成に取り組む。
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研究実績の概要 |
湿性組織に接着する技術・材料があれば,保存治療系歯学は劇的に進歩する。そこで令和5年度は、令和4年度に引き続き、機能性分子がどのような分子構造であれば湿性硬組織への接着に有効かを検討した。その結果、ポリアクリル酸(PAA)のように分子中に多数の官能基を有している方が湿性面への接着に有利であることが分かった。また、同じ区間内の官能基の数が大きく変わらなくとも、官能基の向きが異なる方向を向いている分子は、アパタイトに対して強い吸着能を有することが示唆された。 コラーゲンを多く含有する象牙質の再石灰化ではハイドロキシアパタイト(HAP)の結晶を核とした古典的経路だけでなく、コラーゲンの線維間を核とした石灰化も生じるが、PAAはこの線維間を核とした石灰化を制御することが報告されている。象牙質う蝕の予防のためにはHAPの脱灰抑制だけでなくコラーゲン線維の保護も重要である。そこで、PAAで脱灰した象牙質コラーゲンにおける再石灰化について大気中で元素分析が可能なIn-air micro-beam particle induced X-ray/γ-ray emission (PIXE/PIGE)法を用いて検討をおこなった。その結果、PAAは脱灰象牙質において亜鉛とカルシウムを取り込み、再石灰化を促進する事が示唆された。 また、本年度の目標である「新しい分子を設計・合成し,性能評価を行う」ことに関しては、上記の結果とリン酸系の接着性モノマーである10-MDPの性能を考え、リン酸系の高分子に絞ることにした。特許出願の可能性を考えて詳細は割愛するが、分子量の異なるリン酸系高分子を用いて検討を進め、骨再生で良好な結果を得ている。歯周組織再生などに展開できる技術であると考えている。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
令和5年度に得られた成果は、湿性硬組織に接着する分子を設計する上で極めて有用である。湿性硬組織への接着が特に求められるのは、歯の修復治療よりも再生医療である。硬組織が再生する前に、軟組織が侵入することで治療が失敗することは、歯周組織再生療法の大きな課題である。 組織再生に用いる材料は、体内で吸収されて、正常組織に置換される必要がある。生体吸収性ポリマーの内、コラーゲンやヒアルロン酸は動物由来であるため、未知のウイルスや生体分子による感染のリスクを完全に排除することができない。一方、ポリグリコール酸やポリ乳酸は、動物由来の原料を使用せず、完全に合成で製造しているため感染性はないが、分解時に炎症を惹起するという問題がある。また、いずれの材料も接着能はない。その問題を解決するため、我々は多糖誘導体『リン酸化プルラン』を創製し、唇顎口蓋裂治療に向けた治験準備を進めている。リン酸化プルランは、非動物由来であるため、実用化が進み大量使用されることで価格が低下すれば、コラーゲンやヒアルロン酸に替わる日本発の新しい体内埋植素材として広く受け入れられるポテンシャルを有している。本研究より得られた知見は、リン酸化プルランを始めとする体内埋植素材の接着性向上につながる。 上記の理由から、令和5年度に得られた結果は、実用化あるいは高機能化という点でも重要な知見と考え、進捗状況を「概ね順調」とした。この成果は、材料と歯・骨との接着性・封鎖性向上に役立つものであり、接着歯学だけでなく、歯内療法用材料や歯周外科材料を設計する上でも有用である。
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今後の研究の推進方策 |
将来的な特許出願の可能性も考えて詳細は割愛するが、令和4年度と令和5年度の成果で、分子設計に必要となる理論を構築するための知見はある程度得られたものと考えている。その点で、本研究の目的である、「歯質接着に有効な分子を理論的に設計するための基礎的知見を集積する」ことは目処が立ったと言える。 しかしながら、現在の歯科医療ならびに材料開発の状況を鑑みるに、市場は既に既存の機能性モノマーやポリマーを主成分とした材料で埋め尽くされており、各企業に新しい機能性分子を開発・実用化するだけの余力は残されていない。仮に機能性に優れた接着性モノマーやポリマーを合成しても、まったく新しい機能を有することを臨床で証明できない限り、従来の保険点数で使用されることになるため、開発費を回収できないことがその要因である。 その点で、歯周組織再生用材料は、開発の余地が残されていると言える。GTRメンブレンは、軟組織のダウングロースを抑え、歯周組織再生に寄与することが分かってはいるが、手術が難しく、治療効果が得難いことから臨床でほとんど使用されていない。湿性硬組織に接着する吸収性材料は、軟組織のダウングロースを抑え、GTRメンブレンを使用せずに歯周組織再生を行うという夢の治療に展開できる。このような治療が実現すれば、様々な展開も見込める。本研究の成果を実用化につなげるという観点で考えると、組織再生に資する材料開発に展開することが望ましい。また、体内で吸収され、正常組織に置換されるためには、材料自体が固化する「接着」よりも液状を維持する「粘着」の方が相応しい。これら将来展開も考え、最終年度(令和6年度)の研究を進める。
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