研究課題/領域番号 |
22K12268
|
研究種目 |
基盤研究(C)
|
配分区分 | 基金 |
応募区分 | 一般 |
審査区分 |
小区分62010:生命、健康および医療情報学関連
|
研究機関 | 湘南医療大学 |
研究代表者 |
高橋 央宜 湘南医療大学, 薬学部医療薬学科, 教授 (80241785)
|
研究期間 (年度) |
2022-04-01 – 2025-03-31
|
研究課題ステータス |
交付 (2022年度)
|
配分額 *注記 |
4,160千円 (直接経費: 3,200千円、間接経費: 960千円)
2024年度: 780千円 (直接経費: 600千円、間接経費: 180千円)
2023年度: 780千円 (直接経費: 600千円、間接経費: 180千円)
2022年度: 2,600千円 (直接経費: 2,000千円、間接経費: 600千円)
|
キーワード | タンパク質の老化 / 非酵素反応 / 計算化学 / 無機リン酸 / ラセミ化機構 / 加齢性疾患 |
研究開始時の研究の概要 |
長寿命のタンパク質中では,好ましくない非酵素反応が徐々に進行し,「タンパク質の老化」をもたらしている。このような反応は、老化や,白内障などの加齢性疾患の一因と考えられている。私は最近,コンピュータを用いる計算化学的研究により,生体内に広く存在する無機リン酸が,上記の反応を促進している可能性を初めて示した。本研究では,加齢性疾患との関連をより明らかにするため,リン酸による反応をさらに促進している因子を探る。具体的には,リン酸の状態による反応の起こりやすさの違いなどについて,系統的な計算化学的研究を行う。これにより,加齢性疾患の予防,延いては健康長寿につながる新しい知見が得られると期待される。
|
研究実績の概要 |
長寿命のタンパク質中における自発的な非酵素反応は,いわばタンパク質の老化をもたらし,老化や加齢性疾患の一因であると考えられる。そのため,その詳しいメカニズムが明らかになれば,健康長寿実現への一つの手掛かりが得られると期待される。本研究では,無機リン酸がそのような非酵素反応の触媒として働く可能性を,計算化学により検討することを目的としている。 2022年度は,アスパラギン酸・アスパラギン残基から非酵素的に生成するスクシンイミド中間体のラセミ化の計算に適した方法を検討した。そのために,5-フェニルヒダントインのリン酸水素イオン触媒によるラセミ化の機構について検討した。この化合物はスクシンイミドと類似の構造をもち,リン酸バッファ中における詳しい速度論的研究が報告されているからである。特に,触媒として働くのはリン酸水素イオンであることが明確に示されている。また,重水素化環境ではラセミ化速度が重水素化速度より大きくなることから,エノラートイオン中間体を経由する反応機構(SE1機構)ではなく,エノラートイオン中間体を経由しないSE2機構が提案された。しかし,SE2機構は他に例がなく,疑問視されている。 プロトンを引き抜く触媒としてリン酸水素イオンを配置した密度汎関数法計算から,エノラートイオンは容易に生成することが示された。そこで,エノラートイオンにプロトンを供与する化学種として水分子も配置した計算を試みた結果,実験による活性化エネルギーをよく再現できる新規な機構が見出された。この機構では,エノラートイオン中間体の平面の片側がリン酸二水素イオンにより塞がれたままで,逆側にある水分子がプロトンを供与する。このため,重水が用いられた場合,重水素化は必ず立体反転を伴うこととなり,実験結果を説明できる。この新規な反応機構は,「非対称SE1機構」または「擬SE2機構」とよぶことができる。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
4: 遅れている
理由
2022年度に行った計算から,リン酸バッファ中での5-フェニルヒダントインのラセミ化は,大きく2つの段階から成ることがほぼ明らかである。1段階目は,リン酸水素イオンによる5-位のプロトンの引き抜きである。これにより,リン酸二水素イオンとエノラートイオン中間体が生成する。2段階目は,リン酸二水素イオンとは逆側にある水分子からのプロトン供与である。両者の遷移状態と反応経路は比較的容易に求まったが,中間領域(エノラートイオンを含む領域)のポテンシャルエネルギー曲面が極度に平坦で,その地形の解明に難儀している。特に,その平坦な領域に多くのエネルギー極小構造が存在することが徐々に判明し,それらを結ぶ多くの遷移状態を求める必要性が生じてきた。しかし,ポテンシャルエネルギー曲面の極度な平坦性のため,遷移状態やそこからの固有反応座標(IRC)を十分な精度で計算することは困難を極めている。以上のような理由により大幅に進捗が遅れることとなったが,研究実績の概要に述べたように,ラセミ化についての新規な反応機構を見出すことができた。
|
今後の研究の推進方策 |
2022年度に行った5-フェニルヒダントインのラセミ化についての計算から,今後の計算に適した方法がおおよそ見えてきた。密度汎関数法で汎関数にはωB97X-D,基底関数には6-311+G(d,p)を用い,溶媒効果には連続誘電体モデルの一つであるC-PCM法を用いる。C-PCM法において,原子のファンデルワールス半径のスケーリングは行わない。また,タンパク質中に生成したスクシンイミド中間体のラセミ化機構として,研究実績の概要に述べた「非対称SE1機構(擬SE2機構)」の可能性が浮上した。 上記の計算方法で,まず,スクシンイミド中間体のラセミ化機構の研究に着手する。計算用のモデル分子としては,アミノスクシニル残基のN端側とC端側を,それぞれアセチル基とNCH3基でキャップしたものを用いる。触媒としては,リン酸水素イオンとリン酸二水素イオンを用い,両者の触媒能の違いを明らかにする。さらに,リン酸水素イオンとカルシウムイオンの接触イオン対による触媒作用の可能性についても検討する。 スクシンイミドのラセミ化の計算と並行して,アスパラギン酸残基からのスクシンイミド生成反応についても計算を行う。モデル分子としては,アスパラギン酸残基のN端側とC端側を,それぞれアセチル基とメチルアミノ基でキャップしたものを用いる。スクシンイミドの生成は,大きく2段階で進行すると予想されるが(N端側隣接残基の主鎖N原子が,アスパラギン酸側鎖のカルボキシル炭素を求核攻撃して5員環gem-ジオール中間体を形成する段階と,gem-ジオールからの脱水),両段階について,リン酸水素イオン,リン酸二水素イオン,リン酸水素イオンとカルシウムイオンの接触イオン対の3種を触媒として用いる。以上の計算から,これらの化学種が生体内で触媒として働く可能性の有無について考察する。
|