研究課題/領域番号 |
22K13983
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研究種目 |
若手研究
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配分区分 | 基金 |
審査区分 |
小区分13020:半導体、光物性および原子物理関連
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研究機関 | 大阪公立大学 |
研究代表者 |
芳賀 大樹 大阪公立大学, 大学院工学研究科, 助教 (10896921)
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研究期間 (年度) |
2022-04-01 – 2027-03-31
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研究課題ステータス |
交付 (2022年度)
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配分額 *注記 |
3,770千円 (直接経費: 2,900千円、間接経費: 870千円)
2026年度: 780千円 (直接経費: 600千円、間接経費: 180千円)
2025年度: 780千円 (直接経費: 600千円、間接経費: 180千円)
2024年度: 780千円 (直接経費: 600千円、間接経費: 180千円)
2023年度: 650千円 (直接経費: 500千円、間接経費: 150千円)
2022年度: 780千円 (直接経費: 600千円、間接経費: 180千円)
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キーワード | 開放量子系 / 量子多体系 / 冷却原子気体 / 量子デコヒーレンス / 非平衡統計力学 |
研究開始時の研究の概要 |
近年、原子やイオンの集団を高い精度で制御する技術の発展によって、量子コンピューティングをはじめとする次世代の量子技術への道が開かれつつある。しかしながら、このような量子系において外部環境との相互作用を完全に排除することはできない。量子系が環境とエネルギーをやり取りする過程で発生するデコヒーレンスは、量子情報技術にとって障害となる。本研究では、環境と相互作用する量子多体系が示す様々な時空間スケールにまたがったデコヒーレンス過程を明らかにすることで、複雑な量子系をシミュレートやコントロールする理論的指針を確立することを目指す。
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研究実績の概要 |
近年、実験技術の発展により多数の自由度からなる量子系の精密なコントロールが可能となったことで、量子コンピューティングといった次世代の量子技術への道が開かれつつある。しかしながら、このような量子系において外部環境との相互作用を完全に排除することはできない。量子系が環境とエネルギーをやり取りする過程で発生するデコヒーレンス(量子力学的な重ね合わせ状態の破壊)は、量子技術にとって障害となる。したがって、開放量子多体系のデコヒーレンスがどのようにして起こるのかを理解することは重要な課題である。 開放量子系が時間と共にどのように発展するのかは、「リュウビリアン」とよばれる行列によって表現される。このリュウビリアンの固有ベクトル(固有状態)と固有値は、ちょうど振動する弦の基本振動モードと基本振動数に相当するものであり、開放量子系の時間発展の様子を決める重要な要素である。本研究課題の目標は、リュウビリアンの固有状態が示す様々な構造を特定・分類することで、開放量子多体系のダイナミクスを予測する理論を確立することにある。 当該年度の研究では、以下の2つの事実が明らかとなった。1. リュウビリアンの固有状態は、複数の粒子が強く結びついた束縛状態を含むこと。各固有状態がダイナミクスにどのように寄与するのかは、その固有状態がどの束縛状態をいくつ含んでいるのかによって決まる。2. リュウビリアンの固有状態は、パラメータの値によって、マクロな秩序を持つ状態と無秩序な状態との間の相転移を起こすこと。前者の状態は磁性体における「強磁性状態」に、後者の状態は「常磁性状態」に相当する。これらの事実は、束縛状態や長距離秩序といった従来は平衡状態を記述するのに用いられてきた概念が、開放量子系のデコヒーレンスを特徴付ける動的モードにも拡張できることを意味している。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
環境と相互作用する量子系において、デコヒーレンスがどのようにして起こるのかを理解することは重要な課題である。開放量子系の状態は密度行列によって指定され、その時間発展はリュウビリアンとよばれる演算子によって記述される。本研究の目標は、リュウビリアンの固有状態が示す様々な構造を特定・分類することで、デコヒーレンスの動的過程を記述する有効理論を確立することにある。2022年度の進捗状況は、以下の2つのトピックにまとめられる。 1. 散逸の効果を取り入れたスピン鎖とボース・ハバード模型に関してリュウビリアンの固有状態やスペクトルの振る舞いを調べたところ、どちらの場合にも固有状態にある種の束縛状態が現れることが明らかとなった。リュウビリアンの各固有状態は、どのタイプの束縛状態をそれぞれいくつ含んでいるかによって特徴付けられる。さらに、パラメータを変化させると、束縛状態を形成する粒子が解離する転移が起こることも示された。ただし、これら2つのモデルでは実現する束縛状態のタイプが異なり、それに応じてスペクトルの構造も異なる。 2. 散逸の効果を取り入れたスピン鎖に関して、非定常なリュウビリアン固有状態が自発的対称性の破れを示すことが明らかとなった。従来の研究では、長時間の極限で実現する定常状態がどのような相転移を示すのかが注目されてきた。一方、非定常な固有状態は時間と共に減衰するため、系の長時間の振る舞いには影響しないが、過渡的な緩和ダイナミクスを決定する。ここではある種のスピン鎖に関して、その非定常な固有状態がパラメータの変化に応じて常磁性状態から強磁性状態への相転移を起こすことを示した。この発見は、新しいタイプの動的相転移の定式化につながる可能性がある。 以上の成果は日本物理学会等で発表され、それぞれの結果をまとめた2本の論文は現在ジャーナルに投稿中である。
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今後の研究の推進方策 |
今後の研究方針は以下の3つのトピックにまとめられる。 1. 今年度の研究で得られた結果(リュウビリアン固有状態における束縛状態の形成と自発的対称性の破れ)の普遍性を探求する。これらの結果は、特定のモデルで特定の散逸が存在する場合について得られたものである。系の対称性やある種の保存量の有無によって、こうした描像が変更を受ける可能性がある。例えば、外部とエネルギーのみやり取りする系と、エネルギーに加えて粒子も自由にやり取りする系とで、リュウビリアン固有状態が示す束縛状態や相転移の性質がどのように異なるのか、あるいは共通するのかを明らかにする必要がある。 2. 一般にリュウビリアン固有状態の構造と系の緩和ダイナミクスは密接に関係していることから、固有状態における束縛状態の形成と自発的対称性の破れが緩和ダイナミクスにどのような影響を及ぼすのかを明らかにすることは重要である。開放量子多体系は非常に高い自由度を持つため、すべての自由度のダイナミクスを完全に予測することは困難である。固有状態が示すある特徴的な構造の振る舞いに注目することで、系を記述する有効的な自由度を大幅に削減し、ダイナイクスの予測をより簡略化できる可能性がある。例えば、系のダイナミクスを上記の束縛状態の拡散や散乱、凝縮のプロセスとして記述できる可能性を模索する。 3. 今年度の研究で明らかになった束縛状態の形成や自発的対称性の破れ以外にも、リュウビリアン固有状態が異なるタイプの構造を示す可能性がある。実際、孤立した量子多体系におけるエネルギー固有状態は、多様なトポロジカルオーダーを示すことが近年の研究で明らかになってきている。同様の非自明な構造が、開放量子多体系におけるリュウビリアン固有状態でも実現すると期待できる。それらを特定・分類することも今後の研究の重要なテーマである。
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