研究課題
若手研究
複雑修飾ペプチドは医薬品開発の中心的な化合物クラスであるにも関わらず、その効率的な構造多様化手法は欠如している。本研究では酵素触媒の有する高度な分子認識能を利用し、合成終盤でペプチド骨格に複雑修飾を施す酵素触媒モジュールを、データマイニングと人工知能を用いた論理的な酵素改良を活用してデザインする。これにより、従来の有機合成を相補する複雑修飾ペプチドライブラリー創出プラットフォームを確立する。
本研究では、無保護のペプチド骨格に対して高い化学選択性、位置選択性で修飾反応を触媒する酵素群を対象に、自然界におけるそれらの多様性を開拓し、その選択性が発現するメカニズムを解明することを目指す。具体的には、位置選択的なペプチド環化反応を触媒する酵素ファミリーと、環状ペプチドに残基選択的にアルキル基を導入する酵素ファミリーに着目する。得られた知見に基づき合理的な酵素改良を施し、汎用性の高いペプチド修飾触媒を創出する。複数の生体触媒を組み合わせたOne-Potの反応系を開発し、短工程でペプチド分子を複雑化する方法論を開発する。本年度は、ペプチド環化酵素WolJとビスプレニル化酵素AgcF・AnzFを対象に、それらの基質アナログを多数合成し、選択性を検証した。その結果、高い配列相同性を示すホモログ同士であっても、それらが認識する基質の部位に違いがあることが判明した。具体的には、ペプチド環化酵素SurEは環化点の残基に対して厳密な選択性を示すのに対し、ホモログ酵素WolJは基質鎖長に対し厳密な選択性を示した。ビスプレニル化酵素AgcFは、修飾Arg残基に隣接するcis-Proが酵素からの認識に必須であり、環状ペプチドのコンフォメーションが酵素認識に重要であることが示唆された。一方、新たに見出したホモログ酵素AnzFは比較的寛容な選択性を示し、環状ペプチドだけでなく様々なサイズの鎖状ペプチドの修飾も触媒可能であった。次年度は、検証対象とする酵素を拡大するとともに、基質認識メカニズムの詳細を解明する。複数種類の生体触媒を組み合わせる修飾反応の条件を最適化し、生物活性ペプチドライブラリーを合成する。
2: おおむね順調に進展している
これまで詳細な機能解析がなされた代表的なPBP-type TEであるSurEと40%程度の相同性を示すホモログ酵素WolJは、C末端にグリシンやチャージをもつアミノ酸残基を有するペプチドを環化する。これはSurEとは対照的な性質である。本年度は、抗菌環状ペプチドwollamide B1の配列をモデルとした基質アナログを多数合成し、WolJの基質選択性を網羅的に検証した。その結果、WolJは基質C末端残基に対して非常に寛容な選択性を示し、疎水性残基だけでなく、極性残基をもつペプチドも効率よく環化した。また、C末端にb-アミノ酸残基を有するペプチドも許容した。一方、WolJは基質サイズに対して選択性を示し、6残基相当のペプチドを環化した一方、9残基相当以上の基質をほとんど環化しなかった。この点は、SurEが基質サイズに対して非常に寛容な選択性を示すこととは対照的であった。環状ペプチド中のアルギニン残基に対して選択的にビスプレニル化を触媒するプレニル化酵素AgcFの基質選択性を解析した。AgcFの本来の基質であるargicyclamide Cのアナログを合成し酵素反応を行った結果、ビスプレニル化をうけるアルギニンのN末端側に位置するProが、AgcFによる認識に重要であることが判明した。本残基はcis-Proであることが実験的に示されており、環状ペプチド全体のコンフォメーションに影響していると予想される。今後、環状ペプチドのコンフォメーションと修飾酵素による認識の詳細について検証する。また、AgcFの類似酵素をゲノムデータベースより探索し、新たなアルギニンビスプレニル化酵素AnzFを見出した。AgcFとは対照的に、AnzFは比較的寛容な選択性を示し、環状ペプチドだけでなく、様々な残基に隣接するArg残基を含む鎖状ペプチドに対して効率よくビスプレニル化を触媒した。
SurEのホモログはデータベース中に600個以上見出される。近傍のゲノム領域にコードされたNRPSのドメイン構造から、各々のホモログは基質の鎖長や末端残基に対して異なる選択性を示すと考えられる。今後これらのホモログをライブラリー化し、様々なペプチド配列に対応できる環化触媒を整備する。また、SurEとWolJに見られる基質選択性の差異(SurEは環化点の残基に対して選択性を示す一方、WolJは基質鎖長に選択性を示す)が生じる機構を、タンパク質の3次元構造の観点から明かにする。アルギニンビスプレニル化酵素については、ホモログ酵素をさらに探索する。それらの環状ペプチド基質の配座と修飾酵素の基質結合ポケットの形状から、基質選択性が生じる要因を解明する。また、アルキルドナーに対する選択性を検証する。ペプチド環化酵素とプレニル化酵素のライブラリーを組み合わせることで、生物活性修飾環状ペプチド類縁体のOne-Pot合成を行う。
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