研究課題/領域番号 |
22K18471
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研究種目 |
挑戦的研究(萌芽)
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配分区分 | 基金 |
審査区分 |
中区分2:文学、言語学およびその関連分野
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研究機関 | 九州大学 |
研究代表者 |
高橋 勤 九州大学, 言語文化研究院, 教授 (10216731)
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研究期間 (年度) |
2022-06-30 – 2025-03-31
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研究課題ステータス |
交付 (2022年度)
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配分額 *注記 |
2,470千円 (直接経費: 1,900千円、間接経費: 570千円)
2024年度: 650千円 (直接経費: 500千円、間接経費: 150千円)
2023年度: 1,170千円 (直接経費: 900千円、間接経費: 270千円)
2022年度: 650千円 (直接経費: 500千円、間接経費: 150千円)
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キーワード | 石牟礼道子 / 田中正造 / 産業公害 / 近代 / 環境文学 / 水のモチーフ |
研究開始時の研究の概要 |
石牟礼道子の『苦海浄土』三部作は 60年代から水俣病問題を追跡し小説化した長大な作品だが、この作品は公害病を記録したルポルタージュであるばかりではなく、近代産業によってもたらされた権力と差別の構図、そして不知火海の自然と精神風土に対して加えられた暴虐を浮き彫りにする。そうした日本近代をめぐる石牟礼の思想性について考察し、語りの象徴性を検証するのが本研究課題の全体的なねらいである。環境人文学とは、環境教育を含めて、人文学の観点から環境問題を考察する知の枠組みであり、日本における環境破壊の捉え方、意見の対立、その文学的表象を検証する。
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研究実績の概要 |
研究代表者はこれまで石牟礼道子の作品分析の成果として、「ことばの近代―石牟礼道子における風土と文学」『文学と環境』6 (文学・環境学会、2003年)、 “Minamata and the Symbolic Discourse of the South” Ecoambiguity, Community, and Development (Lexington Books, 2014)を刊行しており、足尾鉱毒問題に関しても“Ethics of Natural Disaster: Shozo Tanaka and Ashio Mine Poisoning.” Tamkang Review, no. 37 (Autumn 2006)を刊行してきた。 今回のプロジェクトではさらに考察を進め石牟礼文学の思想性と、その環境人文学的な意義について包括的な考察を行うものである。令和4年度については『苦海浄土』三部作を中心として環境破壊をめぐる近代的構図について考察することが主な目的であった。石牟礼道子関係資料、および東アジアの環境人文学関係資料を集中的に購入したほか、『苦海浄土』三部作を精読し、「ノロの語り:石牟礼道子における近代の構図」という講演を最終講義(九州大学言語文化研究院、令和5年3月23日)として行った。 また環境人文学関連の研究実績としては、研究論文「自然保護という思想―ソローからミューアへ」『エコクリティシズム・レヴュー』第15号(2022年、1-9頁)のほか、図書『19世紀アメリカ作家たちとエコノミー』(彩流社、2023年)を共著として刊行した。さらに研究発表「ホーソーンとその岩」日本アメリカ文学会全国大会(専修大学、2022年10月8日)および招待講演「難破船の詩学―マサチューセッツのメルヴィル」(九州大学文学部、2023年2月18日)を行った。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
研究代表者が「順調な進捗状況」と考える背景には以下のような要因が挙げられる。まずひとつは石牟礼道子関係資料、および東アジアの環境人文学関係資料を集中的に購入できたことである。ふたつ目の要因として石牟礼道子の『苦海浄土』三部作を綿密にノートを取りつつ精読し直したことである。三つ目の要因として、「ノロの語り:石牟礼道子における近代の構図」という講演を最終講義(九州大学言語文化研究院、令和5年3月23日)として行ったことである。 課題として残されたのは、石牟礼が水俣病問題を足尾鉱毒事件と関連づけ、近代産業の負の遺産の「集約的表現」とした構図について掘り下げて考察することであった。石牟礼道子と荒畑寒村の対談録、あるいは大鹿卓『渡瀬川』『谷中村事件』に対する石牟礼の「解説」等を参照し、水俣病事件を近代産業の縮図とした石牟礼の問題意識を考察することである。
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今後の研究の推進方策 |
令和5年度については、『苦海浄土』『天湖』を中心として、「汚染」の問題と共同体の崩壊がどのように関連づけられているか考察する。特に 「水」のモチーフ(湖、泉、共同井戸、排水口、龍神伝説等)に注目し、自然の循環に根ざす共同体の暮らしと生活文化の記憶がいかに分断されたかを検証する。『苦海浄土』を貫くモチーフのひとつは「水」であり、この作品を自然生態系の汚染と、共同体の暮らしと精神風土の崩壊の物語として読み直すことも可能である。汚染によって自然の循環が分断され共同体を崩壊させた事件として水俣病問題を考察することである。石牟礼文学における水のモチーフの考察をとおして、本研究課題のもう一つのテーマである風土性(神話的心性)の考察につなげたい。 実質的な研究方法としては、備品として新たな図書の購入が必須となるほか、水俣市と足尾市の視察見学を予定している。さらに成果発表として国際学会での研究発表を構想する。
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