研究課題/領域番号 |
22K19146
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研究種目 |
挑戦的研究(萌芽)
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配分区分 | 基金 |
審査区分 |
中区分38:農芸化学およびその関連分野
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研究機関 | 名古屋大学 |
研究代表者 |
藤田 祐一 名古屋大学, 生命農学研究科, 教授 (80222264)
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研究分担者 |
井原 邦夫 名古屋大学, 遺伝子実験施設, 准教授 (90223297)
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研究期間 (年度) |
2022-06-30 – 2025-03-31
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研究課題ステータス |
交付 (2022年度)
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配分額 *注記 |
6,500千円 (直接経費: 5,000千円、間接経費: 1,500千円)
2024年度: 1,950千円 (直接経費: 1,500千円、間接経費: 450千円)
2023年度: 1,950千円 (直接経費: 1,500千円、間接経費: 450千円)
2022年度: 2,600千円 (直接経費: 2,000千円、間接経費: 600千円)
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キーワード | シアノバクテリア / 光合成 / 適応進化 / ゲノム解析 / 従属栄養生育 |
研究開始時の研究の概要 |
光合成独立栄養生物は、光合成によって生産者として地球の生態系を支えている。光合成生物の中には、寄生植物のように、光合成を喪失し従属栄養という栄養形態へと進化した“非光合成”生物が高い頻度で観察されるが、光合成がどのように失われるのか、光合成喪失に至る進化の過程を観察した例はない。Leptolyngbya boryanaはグルコースを炭素源として完全暗所でも生育できる糸状性シアノバクテリアである。研究代表者は、L. boryanaを完全暗所で従属栄養的に継続して培養している。本研究では、暗所適応株のゲノム解析を行い、光合成を失う進化プロセスの複数の具体像を得、光合成喪失過程の一般化を試みる。
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研究実績の概要 |
寄生植物や菌従属栄養植物に代表されるように、光合成生物の異なる系統で光合成能力の喪失現象が多数観察されており、このことは光合成生物が自然環境下で光合成能力を喪失する進化が頻繁に起きていることを示唆している。しかし、光合成能力が失われるような進化を直接観察した報告はない。暗所でもグルコースによって従属栄養的に生育できる能力をもつシアノバクテリアLeptolyngbya boryanaを暗黒下での従属栄養条件下で長期培養(6~49ヶ月)することにより28の暗所適応株を単離した。すべての適応株は親株よりも暗所での従属栄養成長が向上し、その一方、多くの適応株で光合成成長能が失われていた。ゲノムリシーケンスの結果、28株で合計90個の変異が検出され、このうち18個の変異が単一遺伝子(LBDG_21500)に生じていた。LBDG_21500は、原核生物に広く分布するパートナースイッチング系に関わるPP2CホスファターゼRsbUをコードしている。親株から新たに単離した単独の欠損変異体の形質は、本遺伝子がこれら暗所適応株の原因遺伝子であることを確認した。野生型と単独欠損株の明暗条件でのRNA-seq 解析を行い、欠損株では光合成独立栄養条件下で光化学系 Iやフィコビリソーム等の遺伝子の転写物レベルが減少し、暗所従属栄養条件下では主に糖代謝に関わる遺伝子の転写物レベルが増加していた。これらの結果は、L. boryanaにおいてPP2CホスファターゼRsbUを構成要素とするパートナースイッチング系の作動が光合成独立栄養と従属栄養の切り替え制御で重要なはたらきをしていることを示唆している。この実験室微小進化実験は、転写制御系の変異が光合成喪失に至る進化の最初の一歩となることを示唆している。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
暗所従属栄養条件で継代培養を継続している培養期間最長の系統は、1992年に培養を開始しており、現在30年を経過している。この系統では、暗所培養開始後3ヶ月(BR1-0)、同じ3ヶ月間を光合成条件で維持した親株(WTKm)、暗所培養8年(BR1-08)、暗所培養22年(BR1-22)について、、研究室内進化の途中経過の試料として凍結保存している。なお、BR1-0は、培養開始後3ヶ月の段階で生じたオレンジ色のコロニーを単離しており、この段階で親株とは明らかに異なる形質を示す。今回、これらの試料を復活させて、ゲノムを調製するとともに、生育の特徴を確認した。いずれの系列も光合成条件で生育できず、暗所従属栄養条件での生育が親株よりも促進されていた。特に、BR1-0は細胞の吸収スペクトルでは、クロロフィル含量が親株の約10%程度まで大幅減少し、フィコビリンの吸収ピークはほとんど見られないという特徴を示す。その一方、カロテノイド含量はほぼ維持されており、このような色素含量の変化がコロニーの色調に反映されていることがわかった。これら4系列についてゲノムリシーケンシングを行った。その結果、親株WTKmと比較して、変異の蓄積数は、各々5、10、33と着実に増加していることが明らかとなった。BR1-0において見られた5個の変異は、いずれも転写制御系や機能不明のタンパク質をコードしており、光合成生育能の欠失には必ずしも光合成に直接関わる遺伝子への変異である必要がないことを示唆している。現在、これらのどの変異がBR1-0特有の色調と形質をもたらしたのか、個別の変異を導入した変異株の単離およびBR1-0の相補系を活用することで現在検討している。
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今後の研究の推進方策 |
親株からBR1-0への進化過程で光合成生育能を失う形質をもたらした原因変異は、ゲノム解析から5つの変異のうちいずれかと想定される。これらの変異が生じた遺伝子のアノテーションによればどの変異も光合成に直接関わるタンパク質ではない。先の研究で見出した、パートナースイッチングシステムを構成するホスファターゼRsbUの変異が光合成生育能の大幅低下をもたらすということを考え合わせると、光合成自体に直接関わらない遺伝子への変異が、光合成の喪失につながる初期変異となるという新しい視点をもたらしている。加えて、未知の転写制御系が、光合成生育の維持に必須であることも推定される。これらの現状を踏まえて、今後、以下のように研究を推進することを策定している: I. BR1-0形質をもたらした変異の同定:現在のところ、5個中1つの遺伝子に関して単独欠損株を単離したが、その形質は野生型のままであった。残りの4個の遺伝子の単独欠損株単離を通して原因遺伝子を特定する。さらに、BR1-0およびその原因遺伝子欠損株のRNA-seq解析を通して、どのような転写プロファイルにより光合成生育能が失われ、従属栄養生育能が促進されるのかを明らかにする。 II. BR1-0系列の擬似復帰変異株の解析: BR1-0から光合成生育を回復した擬復帰変異株をこれまでに5株単離した。これら擬似復帰変異株のゲノム解析を行い、サプレッサー変異を特定する。加えて、擬似復帰変異株のRNA-seq解析を行う。なお、IとIIで行うRNA-seq解析およびゲノム解析について、外注のための財源として次年度使用額を想定している。 III. RsbUが含まれる転写制御系の解明:先の研究で特定したRsbUホスファターゼが作用するターゲットタンパク質(アンチシグマアンタゴニスト)、最終的に遺伝子の活性化に直接関わるシグマ因子を特定する。
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