研究課題/領域番号 |
22K20024
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研究種目 |
研究活動スタート支援
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配分区分 | 基金 |
審査区分 |
0102:文学、言語学およびその関連分野
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研究機関 | 神戸大学 |
研究代表者 |
松田 樹 神戸大学, 人文学研究科, 人文学研究科研究員 (60966860)
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研究期間 (年度) |
2022-08-31 – 2024-03-31
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研究課題ステータス |
交付 (2022年度)
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配分額 *注記 |
2,860千円 (直接経費: 2,200千円、間接経費: 660千円)
2023年度: 1,430千円 (直接経費: 1,100千円、間接経費: 330千円)
2022年度: 1,430千円 (直接経費: 1,100千円、間接経費: 330千円)
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キーワード | 中上健次 / 新植民地主義 / 部落差別と朝鮮人差別 / アジア主義 / 日韓連帯運動 / 日韓文学シンポジウム / 柄谷行人 |
研究開始時の研究の概要 |
本研究の目的は、中上健次が行なった韓国ソウルでの取材紀行や現地の文学者との交流の実態を精査することで、作家の活動や作品を東アジアに広がるものとして読み直すことである。 1980年代初頭、中上健次は韓国の雑誌『文藝中央』『韓国文藝』に関わり、現地の作家や編集者(尹興吉、金芝河、全玉淑)と親交を深めている。そこで切り開かれた文学者間の交流は、中上の死後、「日韓文学シンポジウム」等の形で後世に受け継がれてゆく。 本研究は、郷里との関係性が重視されてきた中上作品を韓国との文化的交流から読み直すとともに、中上の活動を通じて日本現代文学の展開を東アジアとの国際的な関係性の下に捕捉しようとするものである。
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研究実績の概要 |
近年、日本近代文学が、東アジアという国際的な枠組みの下で論じられる機運が高まっている。だが、現在から三十年以上も前に、東アジアに広がる作品世界の構想や文学者同士の連帯を主張し、「新植民地主義」として国内外から批判を浴びた作家がいた。小説家・中上健次である。 本研究は、中上が行なった韓国ソウルでの取材紀行や現地の文学者との交流の実態を精査することで、これまで一方的な批判に晒されてきた、中上におけるアジア志向の内実を韓国との関わりから実証的に捉え直すものである。それによって、東アジアに広がる広範な視野から作家の活動を理解し直すとともに、中上以降の日本の文学者における国際的な交流のネットワークを捕捉することを目指している。 今年度は、以下の二つの方向から研究を進めた。 第一に、被差別部落の出自を作品の基盤に据えてきた中上が、韓国を舞台を置き始めた時期の作品を体系的に読解した。これまでの研究でも、私は、故郷を舞台とする作家の自伝的作品『鳳仙花』から韓国を舞台にした後年の作品『物語ソウル』へとほとんど同一の内容が受け継がれているなど、作品個々に対する分析を進めてきた。本年はそうした作品分析から得られた知見を、彼の執筆活動や日韓の文学史上に位置付けることを試みた。その成果は、シンポジウムにて口頭発表を行った。 第二に、在日朝鮮人文学を専門とする研究者たちとの交流を深め、そこで得られた知見から中上の活動をより巨視的な視点から捉え直すことを試みた。一九七〇年代ごろには、中上に先立って在日朝鮮人文学者が相似した主題の下に旺盛な活動を見せていた。中上の実践は、彼らとの緊張関係のなかで読み直される必要がある。そのような問題意識の下、研究集会や資料調査のための下準備として、隣接する分野の研究者との交流を図った。翌年には、その成果をシンポジウムや論文などの形で公表することを計画している。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
今年度の研究は、資料調査と成果公表の両面で、少し遅れが出ているのが現状である。 その理由は、当初の計画では、一年目に資料調査を、二年目に成果公表を予定していたが、コロナ禍での渡航制限と所属機関指定の諸制限、また所属変更にかかわる手続きのために、一年目に韓国現地での資料調査を断念せざるを得なかったためである。結果として、資料調査を翌年度に見送ることとし、今年度はこれまでの研究成果を体系化してゆくこと、および手持ちの資料をより詳細に分析してゆくことにつとめた。 一方、そのような制限下においても、成果公表については徐々にではあるが、その基盤を整えることができた。まず、国内の周辺機関で可能な資料は閲覧し、読解の成果を蓄積した。これまでの研究と合わせて、その成果はシンポジウム上での口頭発表を通じて一般に公表することができた。 具体的には、「いま、国家の脱構築?――デリダ、レヴィナス、中上健次と「国民国家」」という研究集会を組織し、そこで日韓を股にかけた中上の活動が孕む思想的射程や以降の文学者に与えた影響を報告した。この研究集会は、森脇透青・小川歩人氏らジャック・デリダの研究者との共催によるものであり、それを通じて従来の日本文学研究の枠組みを超えた、より国際的かつ思想的な広がりの下に中上健次という作家のナショナリズム批判を検討することができたと自負している。 また、その場にはコメンテーターとして、東アジアの視点から日本近代文学の読み直しを図っている大杉重男氏を招き、中上にとどまらず、日本の「ポストモダン文学」におけるアジアという問題について、示唆に富むアドバイスを受けた。この発表内容は、翌年度に活字化することを目指している。 その他、中上健次に関する研究書、日本の近現代文学に関する研究書、二つの書評を公表し、最新の研究上の知見にも目配りをしながら、資料調査や作品読解を進めた。
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今後の研究の推進方策 |
今後の研究の推進方策は、以下の二つの方向性にまとめられる。 第一に、韓国現地への渡航を行い、資料調査を進める。読解に必要な資料についてはすでに検討をつけており、すぐにでも調査に移ることができる。また、今年度のうちに、日本で在日朝鮮人文学を研究している研究者らを通じて、金煥基氏など現地で協力をあおぐことができる研究者とのコンタクトを得ることができた。本年度のうちに構築した研究者間のネットワークやその下準備を活かして、資料調査を本格化してゆく。最終的に、一九七〇年代以降の日本の文学者と韓国との文化的交流に関する網羅的なデータベースを作成することを目指している。 第二に、今年度の研究成果を引き継ぎつつ、その成果公表をより迅速化してゆく。とりわけ、上記の資料調査を背景として行いたいのは、一九七〇年代から八〇年代にかけて行われていた日韓連帯運動の実態解明である。野間宏や大江健三郎ら著名な文学者も関わったこの運動が日韓の文学史上でどのような意義があったのかを明らかにしつつ、同時期に韓国文化に接近していった中上との共通性および差異について考えたい。また、今年度のシンポジウムでの報告を土台として、そうした作家たちの試みを文学史上の問題としてのみ検討するのではなく、そこに孕まれる政治・思想的な射程に関しても捉え直してゆきたいと考える。
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