研究課題
研究活動スタート支援
GAPS実験は長時間南極気球飛翔によって背景事象フリーで暗黒物質由来の反重陽子を探索する実験であり、粒子暗黒物質の性質に感度がある。実験ではシリコン検出器を用いて、生成されるエキゾチック原子のパイオン、陽子、特性X線の飛跡を再構成し粒子識別を行う。識別手法は地上にて検証されているが、飛翔中の検出器応答が識別精度に影響する。飛翔中の較正は、線源が背景事象となってしまうことや、搭載重量の問題から計画されてこなかった。そこで、シリコン検出器冷却のためのヒートパイプ中にラドン-220ガスを封入し、短寿命の鉛-212を作る較正手法を提案する。本研究ではこの較正手法の原理の検証と、開発を実施する。
宇宙暗黒物質は、存在が示唆されているにもかかわらず、その正体は未解明である。大気球にシリコン検出器を搭載し、暗黒物質由来の反重陽子を探索するGAPS実験は、他の実験手法に対して原理的に想定される背景事象が小さいため、ユニークな探索を提案している。本実験では、事象再構成に、反物質由来のエキゾチック原子から放出される単一エネルギーX線を用いることで、さらなる粒子識別性能の向上、暗黒物質の感度向上を計画しており、暗黒物質の正体に迫る。そのため、シリコン検出器の飛翔中のエネルギー較正が重要になる。本研究では、短寿命の放射性物質を用いて、観測に影響が残らないような較正手法を提案した。具体的には、温泉地帯などでみられる比較的高いラジウムを含んだ鉱石から放出されているラドン-220を用いる。ラドン-220は連続的に崩壊し鉛-212となり、この鉛から放出される77 keVのX線を較正に用いる。鉛は半減期11時間で崩壊するため、観測初期にほとんどが崩壊し、背景事象として残らない。また、ラドンをシリコン検出器を冷却するために張り巡らされているヒートパイプ中に封入することで、全てのシリコン検出器の近傍でX線を照射することができる。本年度は、温泉地帯から採取され、高ラジウム含有量のバドガンシュタイン鉱石由来のX線測定を実施した。残念ながら、鉱石の状態では放出されるラドンの量が十分ではなく、明確なエネルギースペクトルを取得するに至らなかった。来年度は、鉱石を粉砕し、窒素フローを行うことによって放射性ラドン由来の物質を対象に吸着させ、鉛-212由来のX線のエネルギーを測定し、本較正手法の実証をめざす。
3: やや遅れている
GAPS実験では、1か月程度のフライトを計3回南極で実施することを計画している。気球の飛翔機会を提供するNASA、Columbia Scientific Balloon Facilityでは、2023年冬の飛翔計画にGAPS実験が内定していたが、相手方の都合で1年間の実験延期となった。本研究は2回目以降のフライトに向けたR&Dという位置づけであったが、延期に伴って大幅に計画が変更され、検出器の輸送や追加での装置試験をグループ全体で実施することになった。したがって、2回目のフライトより今年度末の初回フライトに注力するため、本研究はやや遅れている。初回フライトの準備として、シリコン検出器をヒートパイプを用いて冷却し、様々な冷却条件での宇宙線ミューオン、X線源のデータを取得し、飛翔前に十分に検出器性能について理解を深めることができた。米国内のNASA基地での噛み合わせ試験のために、検出器全体を輸送する準備が完了している。本研究の実施については、1年間の延長申請を行い、来年度も継続して実施予定である。
来年度は、鉱石を粉砕し、窒素フローを行うことによって放射性ラドン由来の物質を対象に吸着させ、鉛-212由来のX線のエネルギーを測定し、本較正手法の実証をめざす。測定検出器についてはすでに準備済みである。また、実際の較正オペレーションに応用可能なように、現実的な気球実験を想定したプロトタイプ較正装置を作製する予定である。このプロトタイプ装置は、実際にヒートパイプとして動作することを想定して作製する。今年度は、初回の南極飛翔が計画されており、GAPS実験全体の気球実験オペレーションを確立、実証し、暗黒物質由来の反物質の探索を実施する予定である。実データを取得することで、X線較正にもとめらる到達目標が具体的に明らかになる。この結果を本研究にフィードバックすることによってより現実的な較正手法の提案につながると考えている。また、本較正手法を用いた2度目以降のフライトでさらなる感度向上を実現し、暗黒物質の正体解明をめざす。
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