研究実績の概要 |
本研究では、分子内のチエノシクロペンタジエン(TP)環の数と位置が分子の反芳香族性に与える影響に注目し、ピレンを母骨格とした新規π共役化合物群の合成およびその物性解明に取り組んだ。2022年度は目的化合物群を得るため合成条件の検討を行い、Pd触媒を用いた分子内C-Hアリール化反応によってピレンの3,4位をまたぐ一箇所にTP環を形成した目的物(1TP)を得ることに成功した。 2023年度は、TP環の数と形成位置が異なる三種類の化合物合成および物性解明を行った。1TPの合成に用いた反応条件を各目的物前駆体に適用したところ、ピレンの3,4位と8,9位の二箇所でそれぞれTP環を形成するもの(trans-2TP)は、反応が進行し目的物が得られた一方で、3,4位と5,6位の二箇所でTP環を形成するもの(cis-2TP)および3,4位と5,6位、8,9位、1,10位の四箇所でTP環を形成するもの(4TP)では目的物の生成は確認できなかった。このため、再度反応条件の最適化を行った。種々の検討の結果、cis-2TPおよび4TPの合成を共に達成した。得られた四種類の化合物(1~4TP)はいずれも室内光および大気下において安定であった。 各目的化合物のNMR測定では、TP環形成数の増加に伴いピレン骨格上の2,7位のプロトンシグナルが高磁場側へと大きくシフトしていくことが観測された。理論計算の結果からこのシフトが、2つ以上のTP環形成による反芳香族性の発現とTP環数の増加に伴う反芳香族性の増大に起因するものであることが示唆された。各化合物の電気化学特性を評価したところ、それらの最高被占軌道準位がほぼ同程度であったのに対し、最低空軌道準位はTP環数の増加に伴い大きく低下することが明らかとなった。特に4TPは、n型半導体特性を示す上で重要となる十分に低い最低空軌道準位を有することが判明した。
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