研究課題/領域番号 |
22KJ2492
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補助金の研究課題番号 |
22J00322 (2022)
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研究種目 |
特別研究員奨励費
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配分区分 | 基金 (2023) 補助金 (2022) |
応募区分 | 国内 |
審査区分 |
小区分03030:アジア史およびアフリカ史関連
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研究機関 | 九州大学 |
研究代表者 |
田中 悠子 九州大学, 人文科学研究院, 特別研究員(PD)
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研究期間 (年度) |
2023-03-08 – 2026-03-31
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研究課題ステータス |
交付 (2023年度)
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配分額 *注記 |
4,420千円 (直接経費: 3,400千円、間接経費: 1,020千円)
2025年度: 1,170千円 (直接経費: 900千円、間接経費: 270千円)
2024年度: 1,430千円 (直接経費: 1,100千円、間接経費: 330千円)
2023年度: 1,560千円 (直接経費: 1,200千円、間接経費: 360千円)
2022年度: 1,560千円 (直接経費: 1,200千円、間接経費: 360千円)
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キーワード | radd / 論駁 / 論駁書 / テキスト分析 / イスラーム初期 / 他者 / others / イスラーム初期史 / イスラーム初期における他者 / デジタル・ヒューマニティーズ |
研究開始時の研究の概要 |
本研究は、多様な思想が混在するイスラーム初期社会の集団的自己形成過程を、「他者」性の照射としての「論駁(radd)」という行為から捉え直すものである。歴史学全体において「境域/境界」への関心は近年益々高まっており、イスラーム初期史も「自己と他者の境界線」の模索という流れの中に文脈づける必要が指摘されている。この潮流を受け、本研究は、新興宗教としてのイスラーム内部の諸集団のアイデンティティ形成において、様々なレベルでの「他者」との邂逅がどのような意味を持ったかを、8~11世紀の論駁書の分析を軸に考察する。本研究は、デジタル・ヒューマニティーズの手法を用いたアラビア語文献史料分析を主な手法とする。
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研究実績の概要 |
本研究では、古典アラビア語史料の文献学的分析を通じ、これまでまとまった研究をされてこなかったイスラーム形成期における「論駁(radd)」行為の役割を解明し、古代末期の多文化社会における思想交流の中でイスラームがどのように描出されたかを明らかにする。具体的には、イスラーム初期の論駁書の書籍情報から諸学者の論駁-被論駁関係を世紀ごとに明らかにした上で、各時代の論駁書の傾向と内容的変化、そして論駁書の内容が同時代や後代の学者らに受容・利用されていく過程をその背景とともに明らかにすることを目的として研究を進めている。 今年度は主に、前年度に引き続き、8~11世紀の文献情報から論駁書の書籍情報抽出・分析を通して、各世紀の論駁-被論駁関係とその時代的背景を検討した。8世紀や9世紀というごく初期にはイスラームが外部の「他者」に対して宗教的独自性を確立・自覚していく背景から、キリスト教・ユダヤ教徒いった明確な「他の宗教」やそれに属する考え方への論駁書が見られる。これは前年度にも確認した事項であるが、今年度の分析からは、同時に文法学分野での論駁書も多く見られ、聖典解釈のためのアラビア語理解の確定がイスラームの教義を論じる上での前提となっていたことが示唆された。また今年度は、研究の次段階としてアラビア語論駁書のテキストデータをダウンロードし、テキスト分析のためのタグ付けの作業を開始している。テキストの横断分析を行うため、全データのタグ付けを来年度前半の作業指針としている。さらに、論駁書著者であるイスラーム初期の知識人らがどのような思想空間に生き、「知識」をどのようなものとして捉えていたのかを大きな視野で把握する必要性が生じたことから、今年度から9世紀の知識人イブン・クタイバが著した『知識の書』の分析に従事し、その知見を論駁書分析に適宜取り入れている。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究課題は全三段階に分かれており、当初の計画では、2023年度は「(研究2)デジタル・ヒューマニティーズ(DH)の手法による各時代の論駁書の傾向分析」を行う予定であった。しかしコロナ事由によって採用が2023年1月開始になったことにより、2022年年度は研究計画の第一段階「(研究1)8~11世紀に活躍した約4000人の学者の文献情報から論駁書の書籍情報抽出し、これらの時代の論駁-被論駁関係を示す世紀ごとの相関図を作成することにより論駁-被論駁関係を可視化する」の取り掛かり部分のみを終えるにとどまったため、2023年度はその続きを行った。本年度は研究環境も整い本格的に作業が進められたことにより、ある程度順調に研究を進められた。 本年度に主に、イブン・アル=ナディーム(d. 990)著『フィフリスト』に記載された書誌情報から、9~10世紀の論駁書の書誌情報を分析した。8世紀の論駁書の傾向と同じく、9~10世紀においても『ユダヤ教徒に対する論駁書』『キリスト教徒に対する論駁書』『ゾロアスター教徒/二元論者に対する論駁書』や、『ザンダカに対する論駁書』のようなイスラームにとっての「他者」である集団に対する論駁書が書かれる一方、イスラーム内における思想の違いに基づく論駁書の方が数的には圧倒的に多い。その中には「クルアーン創造説」や、クルアーンの解釈に関する論駁書のほか、アブー・フザイル(d.ca 841)のような高名な学者に対する論駁書が見られる。さらに、クルアーンの比喩的解釈に関する文法学者間での論駁書が目立ち、聖典の解釈をめぐる議論が活発化していることが示唆された。 2023年度後半は、それまでにダウンロードしてきたアラビア語史料のテキストデータを用いて「(研究2)デジタル・ヒューマニティーズ(DH)の手法による各時代の論駁書の傾向分析」に着手した。
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今後の研究の推進方策 |
本研究計画はコロナ事由により採用が2023年1月からであるため、当初の研究計画から10か月ずれて進行している。2024年度はまず、2023年度に取り組んだイスラーム初期における論駁/被論駁関係分析の取りまとめとなる口頭発表を第40回日本中東学会年次大会にて行い、広く中東研究者からのコメントと助言を受ける予定である。その上で、2023年度の研究成果全体を学術論文として投稿する予定である。 2024年度の主な研究内容としては、本年1月から取り組んでいる「(研究2)デジタル・ヒューマニティーズ(DH)の手法による各時代の論駁書の傾向分析」の作業を進め、12月末までに完成させる。具体的には、アラビア語論駁書のテキストデータにおいて、人名・特徴的用語や文型・引用文などの諸要素をマークアップし要素を一覧にして比較することにより、諸論駁書のスタイル上の共通点や差異を見出していく。2025年1月からは、「(研究3)「(3) 論駁書の内容が同時代や後代の学者らに受容・利用されていく過程の解明」に取り掛かる。具体的には、研究2でマークアップしたテキストデータをもとに、論駁書間での引用がどのように行われたかを分析し、論駁の引用や改訂が担った集団的自己意識獲得上の役割を明らかにしていく計画である。 また本研究は、論駁書著者を含むイスラーム初期の知識人らがどのような思想空間に生き、「知識」をどのようなものとして認識していたかを分析する必要から、2023年後半よりイブン・クタイバ(d.889)著『知識の書』の分析に参画している。この成果を研究2・3の作業内容と対照することにより、当時の知識人が持っていた「自分は何に属しているのか」という宗教・文化・学問への認識の全体像を、より高い解像度で明らかにすることができると考えられる。
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