研究課題/領域番号 |
22KJ2773
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補助金の研究課題番号 |
22J13752 (2022)
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研究種目 |
特別研究員奨励費
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配分区分 | 基金 (2023) 補助金 (2022) |
応募区分 | 国内 |
審査区分 |
小区分08010:社会学関連
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研究機関 | 中央大学 |
研究代表者 |
矢野 真沙代 中央大学, 文学研究科, 特別研究員(DC2)
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研究期間 (年度) |
2023-03-08 – 2024-03-31
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研究課題ステータス |
交付 (2023年度)
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配分額 *注記 |
1,700千円 (直接経費: 1,700千円)
2023年度: 800千円 (直接経費: 800千円)
2022年度: 900千円 (直接経費: 900千円)
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キーワード | 認知症 / 当事者 / 障害の社会モデル / ピアサポート / ナラティヴ / 自己物語論 / 社会構成主義 / 質的研究 |
研究開始時の研究の概要 |
認知症は社会関係性性に現れる社会的な病いであり、経験や意味づけは千差万別である。日本の社会学では認知症当事者に照準した研究は少なく、近年の当事者の語りが重視されるなか、語りによって生じる困難・葛藤に着目する必要がある。 本研究は、同じで異なる他者との相互作用による当事者経験を明らかにすることを目的に、認知症当事者の語りの場で語るがゆえの困難・葛藤にも着目し考察する。 社会的・学問的意義としては、語る・語られることによる当事者の葛藤・苦しみと、主体的表現が叶う社会環境や文化の知見が得られることにある。当事者視点の世界の“認知”を学び、いかに認知“症”に対し偏った価値判断を持つか知ることが期待できる。
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研究実績の概要 |
これまで認知症の社会学では、家族規範やジェンダー規範のもとで介護する女性の葛藤が描かれてきた。2000年以降には親密がゆえに生じる介護家族の葛藤、近年では当事者に寄り添うケアワーカーの感情労働の葛藤が言及された。時代とともに認知症を取り巻く社会が切り取られてきた一方、当時者不在で描かれてきた側面がある。 認知症の先行研究では、病気(disease)を当事者の内側にある特性とする医学モデルが中心であり、認知症当事者と周囲との相互作用を通じて人々の間に生じるものとして障害(disability)と捉える社会モデル的な知見は十分でない。昨今、当事者自身が物語ることの重要性が認識されている。当事者自らが語る経験の意味や、自ら語るうえで遭遇する苦難・葛藤について知ることが、認知症も包含された共生社会の実現には必要不可欠である。 そこで本研究では、いく人かの認知症当事者が語り始めた時代において、認知症を進行性・不確実性・治療不可能性の医学モデルで照射するのではなく、人との相互作用によりどのように認知症が経験されるか、当事者視点に基づく障害の社会モデルの枠組みから、当事者あるいは当事者同士が物語る言葉の意味や、物語ることにいかなる困難を伴うかについて明らかにすることを目的とした。 今年度は、申請者が2019年から単独で実施してきた視察訪問先から、研究目的に合致しかつ協力の同意が得られた当事者会を中心に、当事者の語りと、当事者同士の相互作用による語りの変化に着目したフィールドワークとインタビューを実施した。また当事者会にスタッフがどのように関わっているかを明らかにするためスタッフへのインタビューも行った。 なお本フィールドは、認知症当事者主体でピアサポートの会が運営されていること、認知症当事者たちが、新たに認知症の診断を受けた者を迎え入れる居場所を作っていることに独自性がある。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
2022年度実行計画には文献調査ならびにフィールド選定と実地調査を挙げた。 当事者会では、当事者が経験した認知症の診断、生活上の困難、社会的偏見、周囲との関係性の変化、当事者として真に必要とする支援などが語られていた。会には、男女ともに若年から高齢まで幅広い年齢の当事者がおり、当事者同士が自由に集まれるだけでなく家族にも開かれていた。認知症の診断経験を活かし同じ境遇に置かれた者をサポートするピアサポーターの顔を持つ当事者認知症当事者(以後、ピアサポーター)が認知症の診断を受けた者を歓迎し、自由に語れる居場所を作っていた。 訪問を通じて、当事者同士の語り合いの場面での連帯や癒し、人間性の復興といったダイナミクスに遭遇した。認知症の診断経験を活かし同じ境遇に置かれた者をサポートするピアサポーターの顔を持つ当事者(以後、ピアサポーターの当事者)は、その存在自体が、新たに認知症の診断を受けた者に希望を与えていた。ピアサポーターの当事者は、周囲の偏見や差別的態度に晒された近似体験を持つ当事者を水平な関係で理解し肯定を与えると同時に、過去に語りが奪われた経験があるからこそ、自らの言葉で語れる居場所づくりを重視していた。診断初期に不安と絶望に駆られた当事者が、当事者同士の語りをつうじて認知症を捉え直していく過程が見受けられた。また、ピアサポーターの当事者が、認知症に伴って経験された当事者の困難や葛藤の前提を問うような関わりかたによって、当事者に内在していた偏見の意識に変容が変容し、その結果として、かつて診断により自分を否定した当事者が再び主体的に社会に参加していく行動の変化が伺えた。 【今年度の研究実績】国際論文1本(査読あり、高齢による運転免許返納)、国内学会口演1回(査読あり、健康行動)、エッセイ4本(査読なし、語り 喪失体験 他)。DC2採択に御礼申し上げます。
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今後の研究の推進方策 |
本研究では、個の内側に存在する確実な特性として医学モデルから認知症を捉えるのではなく、家庭や職場等における社会関係により異なる体験がもたらされ、不確実性が高く、人と人との間に生じる特性として障害の社会モデルから認知症を捉えてきた。 その結果、当事者視点で経験される「認知症」は、生活習慣や人間関係、あるいは記憶や身体に現れる困難や葛藤の次元は異なり、一つとして同じ現象はなかった。また、個々の当事者の語りが奪われないよう、ピアサポートの当事者のふるまいは、他者の主体を剥奪しない関わりが意識されていた。 近年当事者同士の対話の場が推奨されつつあるが、今後の研究では、認知症当事者の語りがたさを発生させる社会的条件を明らかにすることで、当事者の主体を制約する社会的障害と、個が阻害されない主体的な社会参加のありかたを探究する。さらに、障害の社会モデルの枠組みから認知症の診断前から診断に至る過程の当事者経験の詳細な記述と、文化的・政策的差異の調査が必要と考えるが、いずれも当事者不在とならないよう協力者の了解を得ながら推進していく。 本研究の意義は次の2点が考えられる。社会学の物語的自己論へ認知症当事者の生きられた経験の知見を提供する学問的意義、そして当事者同士が物語る意味と、語りがたさや葛藤に焦点を当て、多様な人間観と社会的包摂の一助を提供する社会的意義である。研究を推進するにあたり、これらを常に当事者視点で振り返ることで、認知症当事者の多様な“認知”のしかたを学び,これまで当事者不在で認知“症”としてきた現象を問い直していく。
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