研究課題
特別研究員奨励費
人工知能(AI)は深層学習をはじめとする様々な技術革新により認識問題や自然言語処理など様々な社会応用が期待されている。しかしながら、脳神経回路を再現したAI計算を従来型コンピュータ上で行う現状の取り組みは、消費電力が急増する問題に直面している。この問題の解決のため、シナプスの挙動を模擬した素子(人工シナプス素子)で構成される脳型コンピュータの開発が期待されている。しかしながら、良好な動作特性を示す人工シナプス素子は開発されておらず、脳型コンピュータの実用化には至っていない。そこで、本研究ではイオンと電子の振る舞いを活用した新しい方式の人工シナプス素子を開発し、脳型コンピュータの実用化を目指す。
今年度は開発した電気二重層型人工シナプス素子の情報処理能力を最大化するための駆動条件に関する検討を行った。連続時間における力学系である人工シナプス素子は、当然、入力信号の時間スケールや方式により挙動が動的に変化する。素子の構成材料等を改良するアプローチと比べて、既存の素子の性能向上を目指すアプローチは実用上の価値も大きい。まず、人工シナプス素子に情報を入力する手段として反転パルス法の効果を検証した。ある入力情報について、それを電圧信号に変換した通常の入力刺激に加え、電圧強度を反転させた信号を素子に印加することで大幅に性能が向上することを確認した。これは、人工シナプスの非線形性に伴う、信号強度に対する情報の等価性の損失が反転パルスによって軽減される効果に起因する。さらに、出力端子に振動電圧信号を加えながら出力を計測する方法で情報処理性能の大幅な向上に成功した。この方法では、力学系(人工シナプス)は常に揺り動かされた状態で情報処理を行うことになる。即ち、力学系としての過渡状態をある程度維持しながら情報処理を行うことで系内部における伝搬情報の時間的なつながりが強化される。その結果、記憶能力を含む計算性能の大幅な向上が確認された。研究期間全体を通して、初年度は固体電気二重層効果を利用する人工シナプス素子の開発を行い、基本的なタスクを用いて性能を評価した。翌年度では、開発した素子の集積化やネットワークの大規模化を狙った学習アルゴリズムの検討を行うとともに、最終年度では上述のように既存の素子の能力を最大限に活用するための検討を行った。加えて、イオンゲーティングによって情報処理を行う本研究の枠組みを従来の半導体素子からスピン波や分子など様々な系への拡張も行った。本研究を通してイオン駆動とそれに起因する各種ダイナミクスで情報処理を行う人工シナプス素子の可能性を大きく広げることができた。
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