研究課題
特別研究員奨励費
本研究は,妊娠期~産後1年の母親の身体感覚と,乳児期の母子間アタッチメントの関連を,実験的手法により検討する。ヒトのアタッチメントは,ペア間で個人差がみられ,その多様性は子どもの社会情動発達予後に大きな影響を与える。哺乳類の親子間アタッチメントは,身体接触を介した双方向の生理的調整の蓄積として形成されると考えられている。このような背景から,親子の身体的関係性から,ヒト母子間の関係性を再考する。妊娠期~産後にかけて,母親が子どもの存在を,自己と身体を共有しながら成長してきた存在から,自己身体と分離した存在として認識するに至るまでの過程が,アタッチメントにどのように影響を与えるのかを検討する。
本研究課題は,妊産婦の身体感覚や身体認識と,母子間アタッチメントとの関連を実証的に検討する。研究期間内に,妊娠期~産後12ヶ月までの母親と乳児,妊娠・出産経験のない女性を対象として三つの研究を実施した。研究1では,妊娠期の女性の身体感覚と,胎児に対するアタッチメント感情との関連について質問紙調査によって検討した(横断研究)。研究2では,妊娠期女性,産後女性の身体感覚が,妊娠していない女性と比べてどのように異なるのかを実験的に検討した(横断研究)。研究3では,妊娠期~産後の母親の身体感覚の変遷が,産後1年間の母子間アタッチメントと関連するかどうかを検討した(縦断研究)。2023年度は,研究1の論文投稿,および研究2および研究3のデータ取得・解析を進めた。研究1では,妊娠初期から後期にかけての妊娠期の女性の身体感覚の変化パターンは,身体部位や症状によって異なることが示された。また,泌尿器系感覚の強さと胎児に対するアタッチメント感情の間に関連が認められた。この成果は査読付き国際誌に投稿された。研究2では,妊娠期女性,産後女性,妊娠していない女性(統制群)に対し,次の三つの身体感覚に関する課題を実施し,身体感覚を包括的に評価した。心拍カウント課題では,内受容感覚 (i.e., 身体内部に対する感受性)の正確性を測定した。ラバーハンド錯覚課題では,身体所有感(i.e., 身体部位が自分のものであるという感覚)の移ろいやすさを測定した。身体周辺空間課題では,身体を取り囲む空間のうち,自分の手が届くと認識される空間の範囲を測定した。分析の結果,統制群に比べ,妊産婦群では自己身体周辺空間の範囲が拡張されている可能性が示された。研究3では,質問紙調査によって,妊産婦の子どもに対するアタッチメントの強さを評価したが,妊産婦の身体感覚とアタッチメント感情の間に有意な関連は認められなかった。
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