研究課題/領域番号 |
22KJ3167
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補助金の研究課題番号 |
22J01708 (2022)
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研究種目 |
特別研究員奨励費
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配分区分 | 基金 (2023) 補助金 (2022) |
応募区分 | 国内 |
審査区分 |
小区分90030:認知科学関連
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研究機関 | 国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター |
研究代表者 |
出井 勇人 国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター, 神経研究所 疾病研究第七部, 特別研究員(PD)
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研究期間 (年度) |
2023-03-08 – 2025-03-31
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研究課題ステータス |
交付 (2023年度)
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配分額 *注記 |
5,200千円 (直接経費: 4,000千円、間接経費: 1,200千円)
2024年度: 1,690千円 (直接経費: 1,300千円、間接経費: 390千円)
2023年度: 1,690千円 (直接経費: 1,300千円、間接経費: 390千円)
2022年度: 1,820千円 (直接経費: 1,400千円、間接経費: 420千円)
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キーワード | 自由エネルギー原理 / 感覚減衰 / 自他認知 / 自己組織化 / リカレントニューラルネットワーク / 予測可能性 / 認知発達ロボティクス / 統合失調症 / 自閉スペクトラム症 / 再帰型神経回路モデル / 計算論的精神医学 |
研究開始時の研究の概要 |
感覚減衰は,自己により生じた感覚が弱められる現象であり,自己主体感形成の基礎にあると考えられているとともに,統合失調症における変調が報告されてきた.しかし,感覚減衰の発達メカニズムについては,計算原理と神経基盤の双方で明らかにされていない.本研究では,脳の計算モデルを用いたシミュレーション実験と生物データの解析を通じて,感覚減衰の神経回路メカニズムを明らかにすることを目的とする.ま た,感覚減衰の変調を引き起こす要因を調べ,精神神経疾患のメカニズム理解に繋げる.
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研究実績の概要 |
本研究は、自由エネルギー原理に基づいた再帰型神経回路モデルを用いて、感覚減衰の自己組織化シミュレーションを行い、その計算メカニズムを明らかにすることを目的としている。本年度は、昨年度までに提案した感覚減衰のモデルを用いて、生物で観察されている感覚減衰の特性に対する説明可能性を補強する追加実験を行った。具体的には、これまでのヒトに対する心理物理学的実験によって、行為とその結果として生じる感覚フィードバックとの間に時間の遅れが生じた場合に、その時間的なずれの大きさに応じて感覚減衰が減弱することが知られており、この特性をシミュレーション実験により調べた。実験では、シミュレーション環境上にアームロボットを構成し、ロボットが物体を動かすタスクを行わせた。異なる24パターンの運動に対して、物体の動きが0から9タイムステップ分遅れて動く感覚運動経験をモデルに学習させた。使用した再帰型神経回路モデルは昨年度までに提案したものと同様、視覚(外受容感覚)と運動感覚(固有受容感覚)をそれぞれ低次で独立に処理する感覚層、それらのモダリティの情報を統合する連合層、高次の実行機能を担う実行層の3階層からなる。学習したモデルの解析の結果、高次の実行層において、運動と感覚フィードバックとの時間ずれに対応した神経表現と、運動パターンに対応した神経表現がそれぞれ別に自己組織化されていることが観察された。また、運動と感覚フィードバックとの時間ずれが大きくなるにつれて視覚の感覚層における神経ダイナミクスが大きくなる、つまり、感覚減衰が減弱することが確認された。これは、ヒトで観察されてきた感覚減衰の特性と整合性を持つ結果である。また、学習モデルの解析結果は、感覚減衰は運動シーケンスの意図ではなく、運動の結果生じた感覚の予測可能性に関与していることが示唆され、感覚減衰のメカニズム理解に対する貢献が期待される。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究課題では、確率的な予測学習における情報の精度を学習可能な再帰型神経回路モデルを用いて、感覚減衰の発達及びその変調に関するモデルを検討している。今年度は、昨年度提案した感覚減衰の計算モデルの実験結果を含んだこれまでの研究成果に基づいて、統合失調症と自閉スペクトラム症の類似性と相違性について計算論の観点から整理し、総説論文として国際ジャーナル誌Neural Networksに発表した。また、感覚減衰の計算モデルについて、ヒトで観察されてきた感覚減衰の特性に対する説明可能性を検討する研究を進め、そのメカニズムについて新しい洞察を得るとともに、国際会議論文として発表した。さらに、計算論的精神医学におけるモデル研究についてまとめた総説論文を人工知能学会誌で発表するなど、順調に成果を挙げることができた。
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今後の研究の推進方策 |
今年度までの研究により、感覚減衰は自由エネルギー最小化の枠組みにおいて、感覚の原因が自己か非自己かの推論に応じた予測可能性の調節によって説明できることを示してきた。本研究課題中の最新の心理物理学の知見により、感覚減衰とは別の自己運動と関連した感覚の抑制プロセスが見出されている。具体的には、運動生成中に与えられる感覚刺激への反応が、静止中に与えられる刺激に比べて抑制される感覚ゲーティングと呼ばれる現象が発見され、これまでの生物学および計算理論の文脈では感覚ゲーティングと感覚減衰が混同されて議論されてきていることが指摘されている。したがって、今後はこの感覚ゲーティングの計算理論を構築し、これまでの研究で提案してきた感覚減衰のメカニズムとの違いを明らかにすることに取り組む。 具体的には以下の論理・アイデアをもとに進める。 (1) 自由エネルギー最小化(予測誤差最小化)において運動生成はそれ自体で環境との相互作用を生み、予測誤差の発生源となる。(2)自律的な運動生成を説明するためには、運動生成中に内部の予測(意図)を強め予測誤差を無視するメカニズムが必要であり、これが感覚ゲーティングに相当すると考えられる。 このアイデアを検証するために、動物の自律性を基礎付けるホメオスタシスを題材として、再帰型神経回路モデルを将来の目標や意図を自律的に生成できる枠組みに発展させる。具体的には、動物のホメオスタシスからの逸脱を物理的なエントロピー増大の法則による身体の不確実性の増大と捉え、将来の目標状態の調節や行動生成は、身体の不確実性の増大に由来する感覚不確実性を避ける帰結として説明できることを提案する。この理論を再帰型神経回路モデルに実装し、その自律的な運動生成中の神経ダイナミクスを解析することで感覚ゲーティングの計算メカニズムを明らかにする。
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