研究課題
特別研究員奨励費
今年度は、戦場で実践された医療活動の質を規定した陸軍の医薬品供給システムについて、陸軍と国内、植民地、欧米の医療・研究機関および民間企業との関係に留意しながら検討する。陸軍の医薬品供給システムは、これまでほとんど研究されてこなかった。直接関連性のある薬学史研究においても十分に検討されておらず、不鮮明な点が多い。こうした研究状況に対し筆者は、複数の軍医・薬剤官関係の史料を収集し、陸軍は第一次世界大戦以降、世界の製薬市場の展開と日本帝国内の製薬市場の限界のなかで医薬品供給システムを模索していたという見通しを得た。このため世界史的な観点から陸軍の医薬品供給システムの全貌とその特質を明らかにする。
今年度は、第一にオンライン上にて、アメリカ、イギリス、ドイツ、オーストリアの『軍医団雑誌』に相当する史料の悉皆調査を行い、各国と日本の軍事医学を通じた関係や各国における日本の学知の位置づけについて検討した、それぞれの国の軍事医学的水準や他国の関係性によって、日本関係記事の多寡は規定されていたと考えられるが、日清戦争、北清事変以降から段階的に日本の学術上の位置づけが高まっていたことがうかがわれた。この検討の成果の一部は、岡山地方史研究会において「明治期日本陸軍衛生部の国際進出-軍事医学•軍事衛生の帝国間相互補完関係への参入」として報告し、加筆・修正したものを学会誌に投稿した。また、今年度は植民地に関する分析も進め、日本帝国圏における学術ネットワークの分析にも着手した。主に検討したのは台湾におけるマラリア対策についてである。台湾領有以後の日本陸軍では、台湾の熱帯マラリアが帰還兵を通じて内地部隊にも伝播し、マラリア患者が急増する事態に陥っていた。このような状況のため、台湾におけるマラリア研究は陸軍におけるマラリア対策の最前線となり、かつ内地においても活発にマラリア研究の成果が蓄積され、台湾と内地が有機的に結びつきながらマラリアの学知が蓄積されていった。こうした陸軍における外地と内地の「近さ」は、後に植民地となる朝鮮や満州における医療基盤の構築を考えるうえでも重要になると考えられる。この成果は、日本植民地研究会にて報告し、学会誌に投稿した。以上のほか、今年度は上等看護卒に関する分析を行い、「明治末期における一兵卒の上等看護卒への道のり―「森田義雄氏関係史料」を材料に‐」(『大阪の歴史』(95))として発表することが出来た。これら一連の研究を通じて、日露戦争期以降の見通しを立てることができたので、今後研究していくこととしたい。
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大阪の歴史
巻: 95
ヒストリア
巻: 297
専修史学
巻: 74 ページ: 1-48