研究課題
基盤研究(C)
本研究では、1913年に創設された日語学校が、どのような経緯で創設され、日本社会に位置づけられていったのかを明らかにした。フレンド派の宣教師であるギルバート・ボールは、創設当初から語学学校ではなく、日本研究センターの創設を企図していた。彼の思いは終生変わらず、日語学校で代理校長を勤めた時、国内の宣教師からの要求と、日語学校の存続問題に対応するために、日本研究センターとしての改革に取り組んだことを解明した。
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福岡教育大学紀要
巻: 63号 ページ: 13-24
40020010745