研究概要 |
分子モーターは,化学エネルギーを力学運動に変換するナノサイズの化学エンジンである.したがって,そのエネルギー論を議論することは,分子モーターの動作原理を理解するうえで本質的である.特に,回転分子モーターF1-ATPaseは生体内で自由エネルギー変換の中心的な役割を担い,そのエネルギー論は生物学的にも重要である.F1-ATPaseはほぼ100%の自由エネルギー変換効率を持つことが知られており,なぜこのような高効率を実現できるのか,非平衡熱力学の観点からも興味深い.我々は,1分子トラジェクトリのみから,分子モーターの力学ポテンシャルを見積もる方法をすでに開発している.本研究課題では,この方法をF1-ATPaseに応用し,F1-ATPaseの高効率な自由エネルギー変換機構の仕組みを解明しようと試みた.我々は,光学系の調整と高度な画像処理により,露光時間40usで1秒間に9000枚の画像をリアルタイムでPCに記録できるシステムを構築した.このシステムを用いてF1-ATPaseの極めて時間分解能の高い1分子トラジェクトリを測定し,上記の方法を用いて解析した.その結果,F1-ATPaseの化学状態ごとの力学ポテンシャル,力学ポテンシャルが切り替わる瞬間の回転軸の角度,回転によって生じる熱散逸量などを,1分子トラジェクトリのみから推定することに成功した.そして,化学状態がランダムに切り替わるのではなく,中心の回転軸が少し進んだところでのみ状態が切り替わることを発見した.これは,F1-ATPaseが,"Diffusion-and-catch"と"Power stroke"の2つの機構を巧みに利用してトルクを発生していることを示唆している.これが,F1-ATPaseが高効率性を実現している理由の1つだと推測される.このような知見はある程度予想されてはいたものの,実験データから導き出したのは初めてであり画期的な成果と言える.
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