研究概要 |
細胞は、絶えず外界と膜を介した物質やエネルギーのやりとりを行いながら、生命活動を維持している。それゆえ、非平衡条件下での膜系の構造と物性を理解することは、生命を物理的に理解する上で必要だといえる。近年、細胞膜の基礎となる脂質2分子膜小胞(ベシクル)に、細胞膜の持つ構造的特徴や細胞内外の環境因子をボトムアップ的に付与し、それに応じた構造や形の変化を解析することが可能となってきている。実際に我々は、膜タンパク質モデルとして高分子結合型脂質を添加すると細胞の脂質ラフトのようなナノドメインが安定して形成されること(Yanagisawa et al., 2012 Softmatter)や、光応答性脂質を添加したベシクルに光照射すると膜組成に応じた崩壊が生じること(Diguet, et al, ら 2012 J.Am.Chem.Soc.)、蛋白質発現系をベシクルに封入すると遺伝子発現が膜によって加速されること(Kato et al, 2012 Sci.Rep.)などをこれまでに報告してきている。 こうした研究の流れを発展させて、本研究では細胞内外が異なる粘性流体で占められている点に注目し、それをベシクルで再現した上で、膜内外の粘性の違いが膜の物性や変形へ及ぼす影響を解析した。初めに、高粘性であるゼラチンとPEG (polyethylene glycol)を溶解した2成分高分子水溶液をベシクル内に封入し、内部構造形成に伴う膜変形を観察した。この系は、水溶液中では温度低下に伴ってマクロに2相分離するが(論文投稿中)、ベシクル内では膜との相互作用によって、膜変形と相分離がカップルした新規な非平衡パターンを示すことを見出した(第67回日本物理学会年次大会にて発表)。また細胞のように、膜直下を高分子ゲル、内部をゾルで覆われたパターンも見られている。以上の結果は、細胞がどのように内部構造と形を共に制御しているのか、という機構を理解する上で重要な結果であると言える。
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