研究課題/領域番号 |
23H00264
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研究種目 |
基盤研究(A)
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配分区分 | 補助金 |
応募区分 | 一般 |
審査区分 |
中区分29:応用物理物性およびその関連分野
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研究機関 | 筑波大学 |
研究代表者 |
重川 秀実 筑波大学, 数理物質系, 教授 (20134489)
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研究期間 (年度) |
2023-04-01 – 2026-03-31
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研究課題ステータス |
交付 (2024年度)
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配分額 *注記 |
48,100千円 (直接経費: 37,000千円、間接経費: 11,100千円)
2024年度: 11,830千円 (直接経費: 9,100千円、間接経費: 2,730千円)
2023年度: 26,650千円 (直接経費: 20,500千円、間接経費: 6,150千円)
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キーワード | 時間分解STM / 光電場駆動STM / テラヘルツ-STM / 中赤外-STM |
研究開始時の研究の概要 |
外部刺激に対する応答は、材料やデバイスの微細構造や揺らぎによって大きな影響を受ける。電荷に加えスピンを利用した新しい特性を持つ機能材料・素子の開発も盛んであるが、局所的な秩序や構造の揺らぎはスピンの量子ダイナミクスにも大きな影響を与え、機能を制御する上で重要な役割を担う。励起状態では、更に複雑な過程が絡み合う。本研究では、近赤外から遠赤外の広帯域に渡る光誘起現象の超高速ダイナミクスを、励起過程まで含めて30fsより高い時間分解能と走査トンネル顕微鏡の原子レベルの空間分解能で顕わにする新しい顕微鏡技術を開発し、これまでの測定法では隠されてきた素過程を顕わにとすると共に、新たな学術領域を構築する。
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研究実績の概要 |
電場強度を上げる工夫をすることで、サブサイクルパルス光の1周期を~30fsから~18fsまで圧縮することに成功した。このシステムは、これまでにないSTM(走査トンネル電子顕微鏡)の時間分解能を可能にする。また、電場駆動型の時間分解STMの優れた特徴の一つとして、エネルギー領域での計測、解析がある。吸収飽和型では、通常の光学的ポンププローブ法同様、励起光やプローブ光の波長を変化させてバンド構造に依存した電子遷移を調べる。STMの励起光として、こうした光源を準備し時間分解測定を行うことは、現状では非常に高い技術と高価な設備を必要とする。一方、電場駆動型では、印加する電場の大きさを制御し、対応するトンネル電流の変化(電流―電圧特性:I-V特性)の遅延時間依存性を調べることで、励起状態の超高速分光を行うことが可能になる。電場波形の考察などに慎重な解析が必要であるが、例えば、半導体などを対象にしたバンド端の超高速変化を追うことは、I-Vの非線形性を利用すれば容易な場合がある。実際、MoS2を試料として1THz領域でそうした測定結果を得ると共に、今後の展開の為の基盤としてMIR領域で電場強度を制御する技術を開発することに成功した。更に、STMではトンネル電流を信号として用いるため、試料が導電性を持つことが必要になるが、原子間力顕微鏡(AFM)では、試料と探針の間に働く力を信号とするため、絶縁性の高い試料も測定の対象となる。そこで、遅延時間変調法を用いた時間分解AFMの開発に取り組み、新しいシステムの構築に成功した。遅延時間変調法の導入により高いSN比も得られ、原子レベルの分解能実現にも取り組んでいる。STMによるトンネル電流とAFMによる力を対象といた時間分解計測を組み合わせることで、それぞれの手法では隠されてしまう光誘起ダイナミクスの詳細な情報を得る手法が実現した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
概要で述べたように、電場駆動型時間分解STMの特徴として、エネルギー領域で光誘起キャリアダイナミクスを測定し解析することが容易になる。また、我々のグループでは、遅延時間を変調する仕組みを導入して時間分解測定を行うことで、レーザー照射による熱膨張の影響を避け、安定して微弱な信号を計測することを可能にしてきた。開発当初は、パルスピッキング法など高価な製品を高度な技術と併せて用いることが必須であったが、その後、いろいろな改良を行ってきた。例えば、振動を発生させずにレーザー光のチョッピングと強度変調を同時に行える光学素子として、電気光学変調素子(EOM)や音響光学変調素子(AOM)がある。しかし、これら素子では、強度変調の際にレーザー光が物質中を透過するため、広帯域なレーザーパルス光では、群遅延分散によってパルス波形が変化してしまう状況などが起きる。また、EOMでは駆動に高電圧が必要で、熱発生などの問題も生じる。本プロジェクトでは、MEMSグレーティングを用いることで、時間分解STMの要である光学系の変調と電場制御をスムーズに行う技術が実現した。また、レーザー照射によってMoTe2試料表面に1T’-半金属のナノ構造が形成されることを見出し、その時間分解測定に成功し、MoS2の表面フォトボルテージ、界面での電荷移動やバンドリノマライゼイションを時間分解I-V(1THz領域)で直接観察することにも成功した。さらに、多探針STMの探針をAFMで置き換え、チューニングフォーク型カンチレバーを用いた時間分解AFMを実現した。遅延時間変調を導入することで、それぞれの遅延時間におけるダイポール相互作用を高いSN比で求めることが可能になった。時間分解STM/AFMを用いて光誘起ダイナミクスを計測し解析することで、表面欠陥の影響を顕わにするなど、単一の手法では隠されてきた情報を得る手法が実現した。
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今後の研究の推進方策 |
新しく開発した電場制御の仕組みを用いて時間分解I-V特性の計測を行い、エネルギー領域で光誘起ダイナミクスの解析を進めることで、電場駆動型時間分解STMの特長を活かした超高速時間分解分光を実現する。対象としては、本グループで独自の作製手法を開発してきた様々なTMDC試料を中心とし、超高速光誘起キャリアダイナミクスにより生じる局所バンド構造の変化を実空間で評価することなどを試みる。また、励起光源として、8fsパルス光に加え、例えば、位相制御されたサブサイクルTHzパルス光(1THz領域)などを用いて試料をコヒーレントに励起し、状態を制御しながら、MIRパルス光を用いて時間分解計測する新しい試みなどを推進する。現在、その為の電場増幅を可能にする試料構造の作製を進めている。その他、同じく新しく開発することに成功した時間分解AFMを時間分解STMと組み合わせることで、光誘起ダイナミクスの詳細な情報を得ることが可能になったが、こうした技術をさらに展開していく。例えば、表面フォトボルテージを両手法で解析することで、表面欠陥の影響などを明らかにすることに成功したが、力の評価では電子を抜き取ること無く時間分解計測できることを利用して、単一分子レベルでの励起状態や電荷移動などを可視化することも可能になる。さらに、MIRパルス光は1周期18fsに達しているが、新しい技術開発や工夫を凝らすことで、数fs領域のパルス光を用いた高い時間分解能を実現することも目標である。また、ファイバーレーザーの特徴を活かし、超短パルス化+波長変換の操作を可能にする仕組みの開発にも取り組む予定である。こうした展開により、吸収飽和型を用いたエネルギー領域での時間分解計測の実現や電場駆動型STMによるスピンダイナミクス局所超高速分光の実現など、それぞれの手法の苦手な分野を改善する道が拓けていくことが期待される。
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