研究課題/領域番号 |
23K00178
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研究種目 |
基盤研究(C)
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配分区分 | 基金 |
応募区分 | 一般 |
審査区分 |
小区分01060:美術史関連
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研究機関 | 慶應義塾大学 |
研究代表者 |
望月 典子 慶應義塾大学, 文学部(三田), 教授 (40449020)
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研究期間 (年度) |
2023-04-01 – 2027-03-31
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研究課題ステータス |
交付 (2023年度)
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配分額 *注記 |
4,550千円 (直接経費: 3,500千円、間接経費: 1,050千円)
2026年度: 1,040千円 (直接経費: 800千円、間接経費: 240千円)
2025年度: 1,040千円 (直接経費: 800千円、間接経費: 240千円)
2024年度: 1,300千円 (直接経費: 1,000千円、間接経費: 300千円)
2023年度: 1,170千円 (直接経費: 900千円、間接経費: 270千円)
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キーワード | ニコラ・プッサン / 17世紀フランス宗教画 / 王立絵画彫刻アカデミー / カトリック改革 / プロテスタンティスム / 祭壇画 / タブロー / 絵画の自律化 / 宗教画 / フランス・カトリック改革 / 宗教画の機能 |
研究開始時の研究の概要 |
本研究は17世紀フランスの巨匠ニコラ・プッサンの作品を軸に、フランス・カトリック改革期の宗教画を考察するものである。この時期の宗教画が「礼拝像」から、自律的な「芸術作品」への移行期にあるとするならば、そこで何が変わり、何が読み替えられ、何が変わらないのか、その本質的な層を探る。プッサンの宗教画の多くは、美術愛好家に向けた自立した中型タブローであり、まさにその過渡期に位置するが、彼の作品は、観者に絵を見る愉悦を与えると同時に宗教的瞑想をも促している。そこに見出される作品の自律性の揺らぎを手掛かりに、当時の宗教画とそれを取り巻く言説を分析することで、近世フランス宗教画研究に資する成果が期待される。
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研究実績の概要 |
本研究は17世紀フランスの巨匠ニコラ・プッサンの作品を軸に、フランス・カトリック改革期の宗教画を考察するものである。この時期の宗教画が「礼拝像」から、自律的な「芸術作品」への移行期にあるとすれば、そこで何が変わり、何が読み替えられたのか、その本質的な層を、複数の側面から探ることを目的としている。 一年目の今年度は (1)17世紀パリのカトリック聖堂に設置された大規模な祭壇画について、一次資料と先行研究を基に主題や形式、設置状況等を整理し、現地調査を開始した。これらの祭壇画はカトリックの正当性を示し、信者に信仰を促す装置として機能していたものである。 他方、17世紀は上層市民の間で美術品蒐集が盛んになり、可搬性のある宗教主題のタブローが多く制作された時代でもあった。個人礼拝用のみならず、それらが美術愛好家の蒐集室に飾られることによって、芸術の脱神聖化が促されたことは間違いない。それには、愛好家に向けたプッサンの宗教画のタブローが果たした役割は大きい。この点に関し(2)プッサンの〈七秘跡〉連作に想を得て、カルヴァン派の画家セバスティアン・ブルドンが制作した〈慈悲の七つの行い〉を取り上げ、造形面・主題内容・社会的宗教的文脈から多角的に分析を行い、この連作のプロテスタント的特徴と、光や彩色など絵画的特質を抽出し、プッサン作品との比較を通して、絵画の自律化に資する作品であることを確認した。 美術理論の側面からは、(3)芸術の脱神聖化を端的に示す用語としてgraceを取り上げ、プッサンを高く評価した美術批評家アンドレ・フェリビアンの言説における意味の変化を検討した。当初は美学的意味と神学的意味が分かち難く結びついていたgraceという概念から、当時の神学論争やje ne sais quoiをめぐる文学論争と連動するように、次第に神学的意味が希薄化していく様子を明らかにした。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
(1)パリの祭壇画については文献調査を随時進めており、現地調査は来年度以降も継続する予定である。 (2)で扱ったブルドンは、カルヴァン派でありながら、カトリック聖堂の重要な祭壇画も手掛けていること、王立絵画彫刻アカデミーの設立メンバーの一人であり、アカデミーの講演会でプッサン作《盲人の治癒》についての講演を行い、プッサンの作品に見られる光と彩色という視覚的な効果について分析していること、〈慈悲の七つの行い〉にはプロテスタントの図像の特徴が現れていること、などから、本研究課題で扱うべき重要な画家のひとりである。そのブルドンの作品について多角的に分析し、そこで得られた一定の成果を査読付きの学会誌に掲載することができた。 (3)に関し、16世紀には美学的意味と神学的意味が不可分であったgrace(恩寵/優美)という概念について、美術批評家フェリビアンの美術に関する言説における意味の変遷を検討した。彼は初期にはgraceを明らかに神学的意味と結びつけていた。だが、恩寵と自由意志をめぐる神学論争やイエズス会とジャンセニスムの間のje ne sais qouiをめぐる文学論争において、改革派やジャンセニストが示した神の恩寵と個人的体験を切り離す考えと連動するように、次第にフェリビアンのgraceからも神学的意味が希薄になっていくのである。これは、宗教画がその聖なる機能から離れ、絵画が自律化していく過程と一致している。そうした動きを、まさに恩寵をテーマとするプッサンの《聖パウロの法悦》を対象としたアカデミー講演会と、フェリビアンの言説を分析することで確認し、フェリビアンが絵画の自律化の動きに掉さすフランスの最初の美術批評家の一人であることを確認した。この研究成果は学会で口頭発表し、学会誌への論文掲載が決定している。以上から、全体としておおむね予定どおりに進捗していると言える。
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今後の研究の推進方策 |
来年度は、(1)のパリの祭壇画についての文献による整理と現地調査を継続して行う。また、今年度の調査で、アヴィニヨンに赴き、いくつかの聖堂および美術館にて、17世紀にアヴィニヨンで活動したニコラ・ミニャールの宗教画の調査を行った。ミニャールは、ピエール・ミニャールの兄にあたる。ピエールはシャルル・ル・ブランのライバルとして、ル・ブラン死後、王立絵画彫刻アカデミーを率いるが、ニコラも晩年はパリに移り、アカデミーでは、ラファエロについての講演を行い、アカデミーの理論構築にも寄与していた。パリのみならず、フランスの地方都市での宗教画の状況を探るためにも、南フランスでカトリックの聖堂のために制作し、かつパリでアカデミーに関わっていたニコラ・ミニャールは、本研究課題にとって恰好の対象であり、彼の作品分析を2年度目の課題のひとつとして進めている。 また、本年度の成果であるブルドンの作品分析の中で、プロテスタントにおける聖書の挿絵や版画制作について検討したが、引き続き、今度はカトリックの一般信徒の瞑想や信心に用いられた挿絵入り本や版画作品について、プッサンや他の画家の作品との関係にも目を向けつつ調査する。挿絵入り本としてはアントワーヌ・ゴドーのLes Tableaux de la penitence などを取り上げる。さらに、アカデミー理論、フェリビアンやロジェ・ド・ピールの美術批評などに見られる美術理論と、神学者による聖画像論、例えばイエズス会士リシュオムの著作等との関連を、テクスト分析と作品分析を突き合わせながら検討する予定である。
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