研究課題/領域番号 |
23K01763
|
研究種目 |
基盤研究(C)
|
配分区分 | 基金 |
応募区分 | 一般 |
審査区分 |
小区分08010:社会学関連
|
研究機関 | 関西学院大学 |
研究代表者 |
荻野 昌弘 関西学院大学, 社会学部, 教授 (90224138)
|
研究期間 (年度) |
2023-04-01 – 2026-03-31
|
研究課題ステータス |
交付 (2023年度)
|
配分額 *注記 |
3,770千円 (直接経費: 2,900千円、間接経費: 870千円)
2025年度: 1,170千円 (直接経費: 900千円、間接経費: 270千円)
2024年度: 1,300千円 (直接経費: 1,000千円、間接経費: 300千円)
2023年度: 1,300千円 (直接経費: 1,000千円、間接経費: 300千円)
|
キーワード | モスタル / スタリ・モスト / ル・アーヴル / オーギュスト・ペレ / ボスニア・ヘルツェゴヴィナ / 戦争 / 世界遺産 / 文化遺産 / 文化社会学 |
研究開始時の研究の概要 |
戦争による破壊から戦災以前に復元された都市(ワルシャワ旧市街)や、負の記憶を伴う被爆建造物(原爆ドーム)が世界遺産に登録されるなど、実は、世界遺産制度は、戦後の都市復興や精神的傷跡からの回復と深い関連がある。そこで、本研究は、世界遺産制度は、平和構築に寄与しうるのか。それとも、逆に和解ではなく、対立を生み出してしまうことがあるのかという問題意識に基づいて、都市復興のさまざまな様相、世界遺産登録が生む対立、戦場自体の世界遺産化の難しさなどを調査することで、戦争と世界遺産制度の関係について明らかにすることを目的とする。
|
研究実績の概要 |
本年度は、戦争と世界遺産についてをテーマとする本研究の一つ目の課題である「復元か、それとも創造か」について、復元の例として、ボスニア・ヘルツェゴヴィナのモスタルにおけるスタリ・モスト(古橋)、創造の例として、フランスのル・アーヴルの第二次世界大戦後の都市再開発について調査した。モスタルのスタリ・モストは、旧ユーゴスラビア内戦で崩壊した橋の修復を通じて、民族間の紛争を経験した各民族が「和解の象徴」となっている点を理由として、世界遺産登録されている。現地は、観光地化され、観光客で賑わっているものの、まだ弾痕が残り、戦禍があるまま残されている建物も散見され、完全な平和が訪れているのかどうかは判然としない。 一方、ル・アーヴルは、建築家オーギュスト・ペレの構想に基づき、コンクリート建築によって、第二次世界大戦でほとんど破壊された都市を復興した。そこには、戦災を受ける以前の都市の姿はまったくない。教会までコンクリート造りで、戦災を記憶するための建築物はいっさなく、この意味で、過去の負の記憶は払拭されている。戦前の映画「商船テナシチー」には、戦前の港町ル・アーヴルの風景が撮されているが、当時の面影はいっさい見られない。 ル・アーヴルのように過去と決別するのがいいのか、それとも負の記憶を示す建造物を文化遺産化していくべきなのかは、原爆ドームの世界遺産化に関する評価なども吟味しながら考察していくべき問いである。その際に、戦禍や戦災によって受けた傷をいかに社会的に処理していくのかという課題に対する向き合い方が重要ではないかという仮説を本年度の調査から導く出すことができるのではないか。 なお、文化遺産の社会学に関する研究の専門家らに、フランスの第一次世界大戦の戦跡の世界遺産化に向けての現状を聞くとともに、戦績がある地域の住民に聞き取り調査を行ったことも付記しておく。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
研究実績で見た通り、本研究の計画で第一の課題である戦後復興において、戦前の姿をどこまで復元するのか。あるいは、戦禍の記憶を一掃して、新たな都市づくりを進めていくのかについては、いくつかのパターンがある。実際の調査を通じて、ル・アーヴルの場合には、とりわけ1999年の造船所閉鎖が都市経済に与えた影響が大きく、その打開策として、世界遺産制度が利用されたという側面が大きい。したがって、戦後都市再建の事例としての再評価は、世界遺産登録のための政治的戦略であると言える。それは、世界遺産リスト登録を目指しての「物語」編成のために用いられており、戦争の負の記憶の処理問題と、世界遺産登録には直接的な関係はない。むしろ、港湾都市としての未来が見えないという現状認識が、世界遺産登録の契機となっている。 一方、モスタルの場合には、いまだに戦後復興が成し遂げられたとは言えない状況にある。モスタルの虐殺博物館のスタッフの一人は、いまだに政権は汚職まみれで、市民の生活のことは考えていないという批判をしていた。世界遺産登録や観光地化によって潤うのはほんの一握りの政治家や事業家だという批判があるということは、いまだに戦後復興が道半ばにあることを物語っている。戦争の記憶が身体的に残っているモスタルのような場合と、直接の問題関心が、都市経済の立て直しを観光地化によって進めようとする場合とでは、事情が大きく異なることが理解できたことは大きな成果であり、研究としては順調に進んでいると判断できる。ただ、計画上想定していた資料の収集を大きく上回る新たな資料の発見には至らなかった。
|
今後の研究の推進方策 |
2023年度の調査は予定通り進んだので、2024年度は、これも予定通り、研究の第二課題である「強制労働と世界遺産」について、まずドイツのフェリクリンゲン製鉄所を調査する。製鉄所には、第二次大戦中に、7万人もの強制労働者や戦争捕虜が労働を強いられ、ロシア、ポーランド、フランスなどヨーロッパ各地から労働者が送り込まれていた。世界遺産リスト登録の理由は、製鉄所が開発した銑鉄生産技術などによるが、観光施設となった製鉄所のホームページには、強制労働があったことが詳細に記されている。 一方、明治産業遺産の構成資産の一つである端島炭坑(通称軍艦島)は、朝鮮半島などからの労働者について何らかの言及を公にする措置を取るという約束で世界遺産リストに登録されたが、そのために作られた産業遺産情報センターの展示では強制労働はなかったとされたため、世界遺産委員会は、日本政府の説明が不十分だとして「強い遺憾の意」を決議した。強制労働に関する日本の対応には、端島炭坑のかつての住民で、親が坑夫として働いていた人々の意見が大きい。それは一つの運動体となっており、産業遺産情報センターにおいても、語り部が、当時の暮らしについて話しているが、それは当時の生活をポジティブに語る内容であり、過酷な状況であっても、誰も差別することなく協力し合っていたという物語が語られる。また、こうした物語は展示にも見ることができる。実際に、フェリクリンゲン製鉄所を調査することで、日独でいかなる違いがあるのかについて比較考察することができる。 また、2023年度に調査したル・アーヴルにも再度赴き、資料収集を行う。
|