研究課題/領域番号 |
23K05052
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研究種目 |
基盤研究(C)
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配分区分 | 基金 |
応募区分 | 一般 |
審査区分 |
小区分38040:生物有機化学関連
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研究機関 | 横浜国立大学 |
研究代表者 |
武田 穣 横浜国立大学, 大学院工学研究院, 教授 (40247507)
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研究期間 (年度) |
2023-04-01 – 2026-03-31
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研究課題ステータス |
交付 (2023年度)
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配分額 *注記 |
4,810千円 (直接経費: 3,700千円、間接経費: 1,110千円)
2025年度: 1,690千円 (直接経費: 1,300千円、間接経費: 390千円)
2024年度: 1,690千円 (直接経費: 1,300千円、間接経費: 390千円)
2023年度: 1,430千円 (直接経費: 1,100千円、間接経費: 330千円)
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キーワード | 有鞘細菌 / 繊維状タンパク質 |
研究開始時の研究の概要 |
河川、湖沼などに生息する糸状性細菌の中には菌体を包み込むマイクロチューブ(鞘)を形成するものがおり、有鞘細菌と総称される。鞘は天然の微細中空糸であり、特殊な高分子物質から形成されている。本研究では、知られている限り最も細いマイクロチューブを形成する有鞘細菌に着目し、鞘形成の機構の解明を目指す。この細菌の鞘形成高分子は新規な繊維状タンパク質である可能性が高い。繊維状タンパク質としては、哺乳動物由来のコラーゲンやケラチンなど、昆虫や蜘蛛などの節足動物由来のシルクなどがよく知られているが、これらとは似て非なる細菌由来の繊維状タンパク質の発見が期待される。将来の応用を見据えて発酵生産の検討も行う。
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研究実績の概要 |
活性汚泥にしばしば見いだされる糸状細菌であるHaliscomenobacter hydrossisは、連なった細胞を覆うマイクロチューブ状構造体(鞘)を形成する。鞘形成は細胞外で進行することから、鞘形成高分子には自発的かつ自律的な会合能力が備わっている可能性がある。すなわち、新たな微細造形の手本ととらえることができる。鞘形成細菌はプロテオバクテリア門でいくつか知られており、それらの鞘は多糖ないし多糖主体のペプチド含有複合糖質によって形成されている。H. hydrossisはバクテロイデス門に見出されている唯一の有鞘細菌であり、分類学的隔たりの大きいプロテオバクテリア門とは異なる系統の高分子および機構によって鞘形成がなされると予想した。すなわち、鞘形成高分子とその会合機構の多様性を理解するために有意義な研究対象と考えた。そして、① 高純度な鞘の調製手順の確立、② 鞘の化学的実体の解明、③ 鞘の伸長様式の解明、④ 鞘の効率的調製プロセスの構築、を達成目標に設定した。さらに、H. hydrossisとの違いをより明確にすべく、これまでに研究されていなかったプロテオバクテリア門の鞘形成細菌種も研究対象とした。2023年度はH. hydrossisの鞘を調製する手順をほぼ確立することができた。そして、鞘の主成分がプロテオバクテリア門とは異なりタンパク質であることを確認した。加えて、バクテロイデス門の鞘形成細菌分類群であるSphaerotilus属の新種の可能性がある微好気性の鞘形成菌株(既知の種は全て好気性)の分類学的諸性質を調べ新規性を確かめた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
H. hydrossisからの鞘の調製手順をほぼ確立した。希薄な培地に植菌し十分に撹拌しながら培養した。これによって炭素源等の貯蔵(鞘精製の妨げとなる細胞内顆粒の蓄積)を妨げた。菌体の電子顕微鏡観察を行ったところ、鞘の末端は閉じていることが判明した。鞘は解放末端と閉塞末端に大別されることが判明しており、β-プロテオバクテリアは解放末端型の鞘を末端伸長(積層造形)によって形成し、γ-プロテオバクテリアは閉塞末端型の鞘を全域伸長(割込み造形)によって形成する。したがって、H. hydrossisの鞘は形態学的にはγ-プロテオバクテリアの鞘と同じく閉塞末端型であり、おそらく全域伸長で形成されると示唆された。培養後、溶菌酵素および界面活性剤処理によって細胞を除去し残渣として鞘を得た。界面活性剤存在下での電気透析で鞘に吸着していた夾雑タンパク質を除き、水に対する透析で界面活性剤および電解質を除去した。得られた鞘懸濁液からの鞘の回収は、超遠心分離、凍結乾燥ないし有機溶媒沈殿によって行った。鞘の組成分析では種々のアミノ酸が検出された。一方、糖質はほとんど検出されなかった。鞘は種々のタンパク分解酵素によって完全ないし部分的に溶解したが、その効果は酵素によって異なった。基質特異性の高い(特定のアミノ酸配列を切断する)酵素の中で最も高い分解性を示したのはエラスターゼだった。H. hydrossisからの鞘の調製と分析と並行してSphaerotilus属の新種と思しき有鞘細菌株の分類学的諸性質の検討および近縁株との比較ゲノム解析を行った。Sphaerotilus属の既知の種は好気性に対して当該株は微好気性であり、明確に区別できることが判明した。さらにゲノムの全長が近縁株よりも長いことに加え、全アミノ酸配列と全塩基配列に基づく系統解析およびコアゲノム解析でも新種として妥当な隔たりが示された。
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今後の研究の推進方策 |
H. hydrossisから鞘を得る方法については、得られる鞘の純度の面で鞘形成高分子(鞘形成タンパク質)の構造解析に進むことが可能な水準に達していると考えられる。しかしながら、量の面では十分とは言えず収量の向上が必要である。低収量の主な原因は鞘の樹脂、ガラス、金属表面(器具や容器の表面)への付着性の高さである。すなわち、容器を移し替える度に付着によって鞘が失われる。多段の精製操作を最小減の移し替えで行う工夫を施すべきと考えている。付着性は純度の向上とともに(鞘調製手順が後半に進むにつれて)顕著化するため、特に電気透析以降の手順の改良に注力する。十分な純度と量の鞘が得られれば、基質特異性の高いエラスターゼやトリプシンなどを用いて鞘を分解し、生じた断片(ペプチド)を電気泳動ないし液体クロマトグラフィーで分取する。回収したペプチドのアミノ酸配列を解読し、ゲノムデータと照合することによって鞘形成タンパク質をコードする遺伝子を特定し全アミノ酸配列を推定する。また、得られた鞘の微細構造を電子顕微鏡および走査プローブ顕微鏡によって行い、特に膜厚と規則的パターンの有無を明らかにする。細菌細胞の再表層に存在する構造タンパク質としてはS-レイヤーが知られており、これは格子状パターンを形成して会合し単分子膜を成すという特徴がある。鞘は形態学的にS-レイヤーと明確に区別できるか、あるいはその一種とみなすべきかを明らかにすることは、鞘形成タンパク質のタンパク質としての定義づけのために(俯瞰すれば構造タンパク質の多様性に関する理解を深めるために)有意義である。Sphaerotilus属の新種と思しき特徴を有する株については、新種提案に足る精密な分類学的特徴づけを行う。余力があれば、当該株からの鞘調製を試みる。さらに余力がある場合には、Thiothrix属など、そのほかの鞘についても検討を加える。
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