研究課題
基盤研究(C)
植物病原体は目には見えないが着々と変異している。そのような任意のDNA・染色体の変異のうち、そのフィールドに存在する宿主植物や環境要因等によって選抜された変異のみが、新たな病原体として可視化される。本研究では、植物病原糸状菌であるいもち病菌に起こりうる染色体変異を再現し、それがどのように病原体の生存や進化に寄与し、定着していくかを、様々な国・地域から分離したいもち病菌と実験室で作出した人工変異菌を用いて調査・検討する。
いもち病菌のフィールドにおける病原性進化について、病原性の現象面での基礎データを固めた。[モデル系1:エンバク菌]申請書に記載していた使用予定菌株は、ブラジル産Br58、北海道(函館市)産Ast1、茨城産4-1の3つの地域の菌であった。2023年9月、北海道十勝地域で栽培されたAvena属の緑肥であるセイヨウチャヒキ(Avena strigosa)に、いもち病が大発生した。本研究では、十勝全域から菌の分離を試み、その菌を新たに供試することとした。分離菌は十勝全域と後志地域、オホーツク地域から計117菌株を得た。multilocus系統解析と代表菌株の接種試験により、これらの菌は、Br58、Ast1と同系統のAvena patyotypeの菌であると考えられた。一方、Br58、Ast1、4-1をエンバク約100品種とそれ以外のAvena属植物約20系統に対し接種試験を行ったところ、Avena属には4-1に対する抵抗性、Br58に対する抵抗性、Ast1に対する抵抗性を示す少なくとも3つの抵抗性遺伝子が存在することが判明した。[モデル系2:イネ菌]イネいもち病菌第7染色体のAVR-Piztに関して、正常型菌と大規模欠失菌の病原性を比較し、以前確認していた病原性変化が、菌の生育能の低下等に基づくものではなく、病原力低下によるものであることを確認した。培養下でのコロニー形成(菌糸伸長)は正常型の菌と欠失型の菌の間に有意な差はななかった。病斑面積によって病原力を評価すると、欠失型の菌には、すべてのPyricularia oryzaeに強い感受性を持つオオムギ品種Nigrateに対して、病原力を低下させた菌(半数以上)と低下させなかった菌が存在することが判明したが、北海道産の感受性イネ品種北海112号に対しては、病原性を大幅に低下させた菌が大半を占めることが判明した。
3: やや遅れている
十勝地域にセイヨウチャヒキいもち病が大発生したため、地域の問題解決のために菌を分離し、病原体の性状を調査したため、他の実験(特にPFGE解析)に遅れが生じた。しかしながら、これらの菌の発生源がおそらく海外で、これまでに使用してきた菌株と同系統であったことが判明した。それにより、単一起源の菌のゲノムが数十年の間にどのように変異したかを知るための大きな手がかりを得たと考えている。
[モデル系1:エンバク菌]十勝の菌の全ゲノム解析と、他の菌とのゲノムの比較を行うとともに、PFGE解析による染色体サイズおよびミニクロの有無の比較を行う。これにより、病原体の起源と、それぞれの菌が地理的に隔離されていた期間に生じた小規模な病原性や染色体構造の変異を調査する。[モデル系2:イネ菌]欠失菌の病原力の低下が、オオムギ品種Nigrateに対しての病原力低下と、イネ品種北海112号に対する低下であることが判明した。このイネに対する病原力低下が、北海道品種に対するものであるか、あるいは、欠失菌が多く分離された熱帯イネに対するものであるかを比較する必要がある。今年度は、申請時の予定を少し変更し、欠失菌および非欠失菌を用いた、熱帯イネ、温帯イネ、北海道イネに対する病原力の差異を評価する。それにより、いもち病菌の宿主への適応機構とその生態学的意義を考察する。
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すべて 雑誌論文 (2件) (うち国際共著 2件、 査読あり 2件、 オープンアクセス 2件) 学会発表 (2件)
Scientific Reports
巻: 13 号: 1 ページ: 8599-8599
10.1038/s41598-023-35205-5
PLOS Biology
巻: 21 号: 1 ページ: 1-10
10.1371/journal.pbio.3001945