研究課題/領域番号 |
23K05901
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研究種目 |
基盤研究(C)
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配分区分 | 基金 |
応募区分 | 一般 |
審査区分 |
小区分45030:多様性生物学および分類学関連
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研究機関 | 千葉大学 |
研究代表者 |
綿野 泰行 千葉大学, 大学院理学研究院, 教授 (70192820)
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研究分担者 |
片山 なつ 東京大学, 大学院理学系研究科(理学部), 准教授 (20723638)
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研究期間 (年度) |
2023-04-01 – 2026-03-31
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研究課題ステータス |
交付 (2023年度)
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配分額 *注記 |
4,550千円 (直接経費: 3,500千円、間接経費: 1,050千円)
2025年度: 1,170千円 (直接経費: 900千円、間接経費: 270千円)
2024年度: 1,560千円 (直接経費: 1,200千円、間接経費: 360千円)
2023年度: 1,820千円 (直接経費: 1,400千円、間接経費: 420千円)
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キーワード | 自殖 / 交配様式 / シダ植物 / トランスクリプトーム / 有害遺伝子 / 配偶体性自殖 / 胞子体性自殖 / 近交弱勢 / 有害遺伝子の蓄積 |
研究開始時の研究の概要 |
雌雄両性の配偶体世代を持つ陸上植物(同形胞子シダ植物など)では,一つの配偶体内での自殖(配偶体性自殖)が起きうる。これは,一度の受精で全ての遺伝子座がホモ接合となる究極の自殖である。本研究では、この究極の自殖が,同形胞子シダ植物のゲノム進化や種分化に及ぼす影響について取り組む。材料として他殖性のムニンオニヤブソテツと、そこから派生的に生じた混合交配のヒオニヤブソテツを用いる。特にヒメオニヤブソテツの進化の際にゲノム中から劣性有害遺伝子がパージされた可能性について検証する
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研究実績の概要 |
シダ植物の系統の大部分は同形胞子性であり、両性の配偶体の自家受精である“配偶体性自殖という究極の自殖”を行う能力を持つ。本研究は、野外集団において実際に配偶体性自殖がどの程度の頻度で行われているかを推定すると共に、この“究極の自殖”が,同形胞子シダ植物のゲノム進化や種分化に及ぼす影響について考察することを目的とする。自殖は、遺伝的荷重(有害アレルの蓄積による集団平均適応度の低下)に対して相反する二つの効果を持つ。自殖は、劣性有害遺伝子の発現を通じて遺伝的荷重の排除に寄与すると可能性を持つ一方、有効な集団サイズの低下を通じて遺伝的荷重の蓄積を助長する可能性も持つからである。近年のゲノム解析技術を利用して、“究極の自殖”と遺伝的荷重との関係を具体的に検証することは大きな意義があると考えられる。 研究材料としては当初の計画通り「他殖性のムニンオニヤブソテツ vs. 混交交配のヒメオニヤブソテツ」を材料とし、両者ゲノムにおける推定有害遺伝子の蓄積度の比較を行うことを試みた。また系統全体として高自殖性を維持し続けてきたと考えられるオオハナワラビ属の複数種について解析を行った。 研究手法としては、RNA-seqによって1分類群(または集団)あたり10個体程度のトランスクリプトームデータを入手し、個体単位および集団単位での変異サイトを検出し、変異サイトが同義置換か非同義置換か、また非同義置換についてはPROVEAN等を用いて、ヴァリアントの効果の有害度の評価を行うことを試みた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
初年度に大きく進展したのは、オオハナワラビ属を材料とした解析である。トランスクリプトームの内、BUSCOと呼ばれる必須遺伝子に限定して個体内変異を解析した。その結果、過去の酵素多型解析で高い自殖性(90%以上の近交係数)を持つことが知られているフユノハナワラビでは、1集団で解析した8個体全てが、ヘテロ座位を持つ遺伝子の割合が1%以下という結果になった。これはコントロールとして解析した他のシダ植物(Phlegmariurus, Dryopteris, Platycerium)では10%~40%の範囲の値を示すのとは極めて対照的である。フユノハナワラビの1個体について、ヘテロ座位を持つわずかな遺伝子を逐一PCRで検証した結果、この全てがリードミスもしくは遺伝子座重複によるものであると分かった。結果として調査したフユノハナワラビは全て配偶体性自殖によって完全ホモ接合になっている可能性が高いと判断した。また同属のエゾフユノハナワラビ4個体では、ヘテロ座位を持つ遺伝子の割合が2個体で0%、2個体で14%程度となった。この結果から、この手法によってほぼ0%の値を示す個体を、配偶体性自殖の産物として、同定できる可能性が示された。 ムニンオニヤブソテツ(以降ムニン)とヒメオニヤブソテツ(以降ヒメ)の解析では、自殖性の高いヒメの内大半がヘテロ座位を持つBUSCO遺伝子の割合が1%以下となったため、BUSCOに限定せずオーソログ遺伝子を比較し多型座位を検出した。総SNP数では、ヒメはムニンの約1/3(14万 vs. 39万)と少なかった。非同義/同義の比は、ヒメが0.09、ムニンが0.58と大きく異なった。この結果は、高自殖性のヒメにおいて潜在的に有害な非同義置換が排除されている可能性を示しており、極めて興味深い。
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今後の研究の推進方策 |
オオハナワラビ属の解析については、配偶体性自殖が可能とした雑種性種分化の可能性が見えつつあるので、この解析をすすめていく。雑種性が固定する種分化としては異質倍数体化が有名である。シダ植物では、雑種性が、倍数化せずとも同倍数性で配偶体性自殖によって遺伝的に固定するプロセスが、autogamous allohomoploid speciationとしてヘゴ科で提案された事がある。“アイズハナワラビ”と呼称される未記載種では、フユノハナワラビとエゾフユノハナワラビの雑種起源であることが遺伝的に示唆されたが、ヘテロ座位を持つBUSCO遺伝子の割合が調べた全個体でほぼ0%であった。また青森、秋田、長野という大きく地理的に離れたサンプルが遺伝的にほぼ同一であった。この結果から、アイズハナワラビがautogamous allohomoploid speciationで生じた可能性が示唆される。 ムニンオニヤブソテツとヒメオニヤブソテツの実験系では、SNPデータの中にリードエラーやマッピングエラーが多く含まれている事が分かってきたので、これらエラーを丁寧に除いていく手法を開発していくつもりである。 またヒメオニヤブソテツの一集団については、集団サンプリングの実行を行い、他殖・胞子体性自殖・配偶体性自殖の頻度推定を行う材料とする。RNA-seqはコスト面から集団解析に不向きなので、MIG-seqデータを交配様式の解析に用いる手法についても解析していく。
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