研究課題/領域番号 |
23K05990
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研究種目 |
基盤研究(C)
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配分区分 | 基金 |
応募区分 | 一般 |
審査区分 |
小区分46020:神経形態学関連
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研究機関 | 愛媛大学 |
研究代表者 |
村上 安則 愛媛大学, 理工学研究科(理学系), 教授 (50342861)
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研究期間 (年度) |
2023-04-01 – 2026-03-31
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研究課題ステータス |
交付 (2023年度)
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配分額 *注記 |
4,680千円 (直接経費: 3,600千円、間接経費: 1,080千円)
2025年度: 1,170千円 (直接経費: 900千円、間接経費: 270千円)
2024年度: 1,430千円 (直接経費: 1,100千円、間接経費: 330千円)
2023年度: 2,080千円 (直接経費: 1,600千円、間接経費: 480千円)
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キーワード | 脳 / 脊椎動物 / 進化 / 遺伝子 / 発生 / 外套 |
研究開始時の研究の概要 |
脊椎動物は進化の過程で様々な機能をもつ脳を進化させてきた。特に,外界からの感覚情報を統合・分析し,適切な出力を行う終脳(大脳)は,それぞれの系統で独自の進化を遂げ,哺乳類では極めて高度な情報処理機能を備えるに至った。それらの中でも霊長類とクジラ類の終脳は脳進化の極致といえるほど著しく発達しており,とりわけクジラの新皮質にはIV層が存在しないなど,哺乳類のグラウンドプランから逸脱した形態が見られる。こうした終脳の多様性がどのような発生機構の変化によって生まれたのかを調べるため,哺乳類,両生類,円口類の終脳発生機構を詳細に観察し,多彩な情報処理機構が発達した進化的変遷を探る。
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研究実績の概要 |
本研究はクジラ類で独自に進化した新皮質の進化過程を明らかにするため、同じ偶蹄類に属する陸棲系統(有蹄類)を用いて進化形態学的研究を行う計画である。当該年度は当初の予定通りに有蹄類のニホンジカ、イノシシの成体及び胚を入手し、それらから終脳外套領域をサンプリングして、神経細胞の形態学的解析を行い、さらに新皮質の領野ごとに層特異的マーカーの局在を免疫組織科学的手法で観察した。その結果、クジラ類では失われているIV層がニホンジカとイノシシに存在することが判明した。さらに、クジラ類で見られるI層の肥大化はニホンジカとイノシシにも見られることが判明した。このことから、クジラ類に見られる特殊な脳形態は、陸棲偶蹄類の段階ですでに進行していたことが判明した。そして、IV層の消失はクジラ類とカバ類の共通祖先の段階で生じた可能性が極めて高いことが判明した。 上記の研究と共に、終脳の祖先的形質を明らかにするため、円口類のヤツメウナギを用いて進化発生学的研究を進めた。ヤツメウナギ類での体性感覚系の神経形態を明らかにするために、まず機械感覚の受容に関わる三叉神経系の形態を詳細に調べたところ、これまで考えられていた顎口類の三叉神経系との相同関係とは矛盾する結果が得られた。そこで、このことを詳しく調べるために、ヤツメウナギの三叉神経枝を神経トレーサーでラベルし、三叉神経節での局在を調べ、それと並行して哺乳類で三叉神経の下顎枝に特異的に発現するHmx遺伝子のヤツメウナギの相同遺伝子の発現を解析した。その結果、これまで哺乳類の下顎枝とヤツメウナギの下唇枝が相同と考えられていたが、実際には哺乳類の下顎枝と相同なのはヤツメウナギの上唇枝の一部である可能性がでてきた。この研究結果に基づいて、三叉神経系の相同性に関する新しいモデルを提唱し、Zoologocalletersに投稿し受理された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
本研究ではクジラ類で特殊化した新皮質の進化過程を明らかにすることを目的にしている。それに関して、当該年度でニホンジカ、イノシシの良質な標本を多く入手することができたため、新皮質の体性感覚野、運動野、視覚野、聴覚野について胚発生期から成体に至るまで詳細な解析を行うことができた。形態学的、免疫組織科学的な解析の結果、クジラ類に至る進化の過程で、まず陸棲の段階でI層の肥大が生じたことが判明した。さらに、ニホンジカとイノシシの新皮質の形態を比較した結果、IV層のサイズはイノシシよりもシカの系統で小さいことが判明した。系統学的にはイノシシよりもシカの方がクジラ類に近縁であることから、IV層がクジラ類に近縁な系統になるほど縮小する傾向があることが判明した。このことと、カバ類でIV層が無いとする先行研究を合わせて考えると、IV層の消失がクジラ類とカバ類の共通祖先で生じたことが強く示唆されるため、クジラ類の新皮質の進化様式の概要を予定よりも早く掴むことができた。そのため、上記の結果をとりまとめて、2023年度の日本動物学会で口頭発表を行っている。さらに、円口類を用いて終脳の祖先形質を明らかにする実験を行う過程で、顎を支配することで感覚情報の入力に関わる三叉神経系の形態が円口類と顎口類で異なっているのではないかという疑問が生じた。これを調べる過程で、顎口類と円口類の三叉神経系にはこれまで言われていた説とは異なる相同関係がある可能性が示唆された。これは本研究のメインテーマである終脳の進化とは直接関係する結果ではないが、脊椎動物の進化における最重要イベントの一つである「顎の獲得」に関して一石を投じる重要な知見となった。顎の獲得による生理機能の発達と脳の進化には相関があるため、今後はこの研究についても、終脳外套の進化と関係させて進めていく予定である。
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今後の研究の推進方策 |
今後は当初の予定に従い、クジラ類の新皮質の進化過程を明らかにするため、層特異的に発現する遺伝子の解析を進めると共に、神経トレーサーや視床からの軸索を特異的に認識する抗体などを用いて、新皮質での神経回路の研究を進める。この研究により、これまでに明らかにした層構造の違いについて、神経配線の視点から新たな知見が得られると考えられる。さらに、今年度の研究で哺乳類の終脳の様々な場所を調べる技術が向上したため、新皮質に加えて海馬も研究対象にすることにした。海馬も新皮質と同じ終脳外套の要素であるため、本研究のテーマに合致している。クジラ類では海馬が極めて小さいという特徴があるため。これに関してニホンジカとイノシシの海馬の形態を調べ、海馬の縮小がクジラ類の進化過程のどこで生じたのかを明らかにする。海馬は記憶の中枢や辺縁系の主要要素として注目されている極めて重要な場所であるため、その縮小に関わる知見は、脳進化の分野のみならず、神経科学の様々な分野に影響を及ぼす可能性がある。 また、両生類の終脳に関する進化発生学的研究を進め、両生類の外・内側外套が哺乳類の背側外套の基盤になったという仮説が正しいかどうかを、両生類の外套で新皮質のマーカー遺伝子の発現解析を行うことで検証する。さらに、円口類のヤツメウナギでも同様の解析を行い、新皮質の進化的起源を明らかにする。もし新皮質の特定の層に発現する遺伝心が上記の動物の終脳に限局していれば、そこが哺乳類の新皮質を生み出す基になった可能性が考えられる。
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