研究課題
基盤研究(C)
開発中のHIVプロテアーゼ(PR)阻害剤GRL-142は、PRのみならずHIVインテグラーゼ(IN)にも結合し多剤耐性HIV-1変異体にも高い活性を発揮するがIN阻害メカニズムは不明である。本研究ではGRL-142のIN阻害メカニズムを明らかにすると共に、GRL-142 と類似化合物の抗HIV活性やIN阻害活性等のデータより構造活性相関の評価を行い、IN阻害活性に対するファーマコフォアを同定する。本研究により得られる基礎的データは、多剤耐性HIV-1変異体にも有効で且つこれまでに無いPRとINの両方に高い阻害活性を発揮するdual inhibitorの開発に繋がるものと強く期待される。
HIV-1プロテアーゼ阻害剤であるGRL-142によるインテグラーゼ(IN)阻害メカニズムの解明を目的とし、次の2つの実験を行った。①GRL-142の存在下、非存在下で発現させた感染性組換えHIVクローンをMT-4細胞に感染後、細胞質内で生成される逆転写産物(ウイルスゲノムRNAより逆転写反応により生成されるウイルスcDNA)および逆転写産物の核内移行の指標となる2-LTR circular cDNAをreal-time PCRで検出した。結果、逆転写産物はGRL-142の存在下、非存在下で発現させたHIVで同程度検出されたが、2-LTR circular cDNAはGRL-142の存在下で発現させたHIVで有意に減少していたことから、GRL-142がウイルスcDNAの核移行を阻害している可能性が示唆された。②GRL-142によるウイルスcDNAの核移行阻害を視覚的に観察するために、5-ethynyl-2’-deoxyuridine(EdU)と蛍光物質によるクリック反応を利用した。GRL-142の存在下、非存在下で発現させたHIVをTZMb1細胞に感染させる際、同時にEdUを添加し細胞内で生成されるウイルスcDNAにEdUを取り込ませ、生成したウイルスcDNAの細胞内分布を蛍光顕微鏡下で観察した。結果、GRL-142の存在下で発現させたHIVKGDでは蛍光シグナルの核内局在の割合が有意に減少したことから、GRL-142が細胞質内で生成された逆転写産物の核移行を阻害している可能性が示唆された。2つの実験結果より、GRL-142はHIV-1プロテアーゼに加えてINにも結合し、細胞質内で起こる逆転写反応後のウイルスcDNAの核移行を阻害することによりHIVに対して高い抗ウイルス活性を発揮することが分かった。
2: おおむね順調に進展している
HIVプロテアーゼ(PR)阻害剤として開発されたGRL-142は、インテグラーゼ阻害剤を含む4クラスの抗HIV薬に耐性を獲得したHIV変異体(HIVKGD)にも高い抗ウイルス活性を示す。GRL-142はHIVKGDのインテグラーゼ(IN)遺伝子のみを導入した感染性組換えHIVクローンに対しても高い抗ウイルス活性を維持し、またHIVKGDのインテグラーゼ(INKGD)との共結晶による構造解析の結果、INKGDのダイマーインターフェースに結合しINの核移行シグナルとして報告されている領域と相互作用することが分かっていたが、INに対する阻害メカニズムは不明であった。本年度行った研究の結果、GRL-142は細胞質でHIV-1ゲノムRNAの逆転写反応後に生成されるpre-integration complex(PIC)の核移行を阻害していることが判明し、GRL-142によるIN阻害メカニズムがウイルス学的、構造学的に明らかになった。またGRL-142はPR とINの両方を阻害することのより4クラスの抗HIV薬に耐性を示すHIVKGDに対して非常に高い活性を発揮することが示唆された。本年度目的にしていたGRL-142によるIN阻害メカニズムが明らかになったことより、本研究の進捗状況が概ね順調に進展していると判断した。
HIV-1はCD4陽性細胞に侵入、脱核後に細胞質内でHIV-1ゲノムRNAの逆転写反応が起こりウイルスcDNAを生成後、インテグラーゼ(IN)等のウイルスタンパク質と共にpre-integration complex(PIC)を形成、核移行するとされており、GRL-142によるIN阻害メカニズムは、INの核移行シグナルに結合することによるPICの核移行阻害であることを明らかにした。しかし近年、前述のように細胞質内で逆転写反応に続いて生じるPICが核内に移行するというプロセス以外に、逆転写反応そのものが核膜もしくは核内で起こるというこれまでとは異なる核移行プロセスが報告されている。このHIV-1の核内移行のプロセスを改めて詳細に解明するためにGRL-142とINとの結合に着目した。GRL-142のP2’部であるCyclopropyl-amino-benzothiazole (Cp-Abt)は、INの167位のアスパラギン酸の主鎖であるカルボキシと水素結合を形成しており、この結合が核移行阻害に重要である可能性がある。即ちこれまでに報告されているI161位からK173位の核移行シグナルのうちD167位のアミノ酸が核移行シグナルの機能として特に重要である可能性があることから、この167位のアスパラギン酸を種々のアミノ酸に置換した感染性組換えHIV-1変異体を作成し、この変異体の感染性等を検討することにより変異体ウイルスの核移行能を評価する。またGRL-142の化学構造と類似している化合物の抗ウイルス活性を測定し、化合物の構造と抗ウイルス活性との相関を評価することにより、抗ウイルス活性やIN阻害活性に重要な化合物の構造が得られる可能性があり、新規化合物の開発デザインに繋がることが期待される。
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Science Advances
巻: 9 号: 28 ページ: 1-15
10.1126/sciadv.adg2955