現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
PointLineは申請者によって2019年に開発が開始された。PointLineの基本アーキテクチャは、ユーザが与えた条件を満たすような図に収束するようなマルコフ過程を用いることである。DGSでは幾何図形を「要素=点・線分・円」と「モジュール=中点、点が線の上にある、点が円の上にある、円と線分が接するなど」に分解して考える。 PointLineの「中点モジュール」に話題を絞ろう。三点A,B,Cの間に定常マルコフ過程を設置する。この定常マルコフ過程は「A,B,Cを大きく動かさない」「CがABの中点である状態すべてが安定不動点になっている」ようなものである。DGSの仕様として、任意の要素を固定することを許容する必要があるため、中点モジュールにおいてはたとえば、Aのみを固定してマルコフ過程の書き換え対象から外したとしてもCがABの中点である状態へと安定的に収束することが要求される。 このような要件を満たす中点モジュールはアファイン過程にしぼれば、3つのパラメータをもつ空間に限定される。そこで問題になるのが「さんすくみ」と呼ばれる図で、三角形ABCに対して、3点D,E,Fがそれぞれ線分CF,AD,BEの中点となっているような図である。6点A,B,C,D,E,Fすべてを固定しない場合と、A,B,Cの3点を固定した場合について、アファイン過程に仕様を満たすモジュールが存在するかという問題について、肯定的に解決できた。ただし、さんすくみの発展形である「nすくみ」を考えると、すべてのnについて条件を満たす解が存在しないことも証明された。この結果については近日中に論文として発表する予定である。
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今後の研究の推進方策 |
PointLineにおいてモジュールごとに小さなマルコフ過程を定義し、複数のマルコフ過程が同時に安定不動点になる状況を探索する作業を行っている。ただし、その場合のモジュールのマルコフ過程には複数の選択の余地があり、いかなる場合に安定不動点を得ることができるかの数理的な証明が必要である。裏を返せば、いくつか知られている、PointLineの動作の安定性が破れる局面がいかなるメカニズムによって発生するかを数理的に研究する必要がある。 PointLineで現状搭載されているマルコフ過程によるモジュールは、工学的にはおおむね我々の要求を満たすものへと改良されている。このモジュールたちを用いた新しい研究の方向性として、PointLineへの「言語による入力」の可能性について議論を開始した。2023年度は大規模言語モデル(LLM)が大きく発展した年であった。このことから、英文または和文により説明された幾何図形の作図(たとえば、「三角形ABCに対して、3点D,E,Fがそれぞれ線分CF,AD,BEの中点となっているような図」)について、その文章を満たすような図をAIにより生成することが、近い将来にできるものと考えられる。ここで、作図をマルコフ過程により実現するというアーキテクチャがよりよくいかされるものと考えている。 そのうえで、作図を言葉で説明するときのあいまいさも研究対象となることに気が付いた。容易な例としては「三角形ABC」と言っただけで、我々の多くは辺BCが下側水平であるような図を思い浮かべるし、我々の多くは不等辺の鋭角三角形を思い浮かべる。このような我々が暗黙の裡に共通に持つような幾何図形の形についての認知科学的な研究も行われるべきであろう。
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