研究課題/領域番号 |
23K12082
|
研究種目 |
若手研究
|
配分区分 | 基金 |
審査区分 |
小区分02010:日本文学関連
|
研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
金 智慧 京都大学, 人文科学研究所, 助教 (40903670)
|
研究期間 (年度) |
2023-04-01 – 2028-03-31
|
研究課題ステータス |
交付 (2023年度)
|
配分額 *注記 |
4,290千円 (直接経費: 3,300千円、間接経費: 990千円)
2027年度: 650千円 (直接経費: 500千円、間接経費: 150千円)
2026年度: 650千円 (直接経費: 500千円、間接経費: 150千円)
2025年度: 390千円 (直接経費: 300千円、間接経費: 90千円)
2024年度: 2,080千円 (直接経費: 1,600千円、間接経費: 480千円)
2023年度: 520千円 (直接経費: 400千円、間接経費: 120千円)
|
キーワード | 家の芸 / 古典化 / 新歌舞伎 / スーパー歌舞伎 / 近代歌舞伎 / 新作物 / 演劇改良 |
研究開始時の研究の概要 |
本研究の概要は、明治後期以降当代劇から伝統劇へと移行し始めた歌舞伎が「古典」として定着する過程を追跡し、その中で「古典化」とは矛盾した新しい模索に関わる事象(例えば、能狂言取り狂言の創作に対する新しい劇作法の創出・西洋近代劇への関心・近代的演技演出と興行システムの導入など)を分析し、各現象の特徴とそれが持つ意義を提示することにある。そのため、明治後期と大正期の坪内逍遥の史劇と松居松葉・岡本綺堂・真山青果による新歌舞伎を検討しつつ、二代目左団次・六代目菊五郎の動向や、近代の歌舞伎興行の傾向を検討する。
|
研究実績の概要 |
本研究の目的は、明治後期から昭和中期までの間、歌舞伎が完全な古典劇として位置付けられた過程を辿ることにある。そのため、歌舞伎界にみられる新作物(「新歌舞伎」)や、役者・興行主らの活動、古典劇の復活や能楽取り狂言の流行など、「古典化」に関わる事象を研究対象として想定している。 本年度はそのひとつのアプローチとして、明治期の九代目団十郎による新歌舞伎十八番の成立と、それ以降歌舞伎界にみられる「家の芸」制定の流行に注目した。歌舞伎における「家の芸」制定の嚆矢は七代目団十郎の「歌舞伎十八番」で、そのあと息子の九代目が父の偉業を受け継ぎ、それを完成している。「家の芸」制定の目的は、家の芸風の確立と権威付けにあったが、やがてその本来の目的から派生し、新しい伝統づくりという役割が付加されるようになる。要するに、伝統的な歌舞伎演目ではない新作物を従来のレパートリーの中に編入し、権威付ける試みである。その第一歩は、九代目団十郎が明治時代に入り、自らが初めて披露した新作の時代物をまとめた「新歌舞伎十八番」である。それ以降、二代目左団次の「杏花戯曲十種」のように、先祖代々ではなく、自分が創演した演目を家の芸として制定する動きが頻繁にみられるようになる。戦後、「家の芸」選定に尽力してきた三代目猿之助の「猿之助四十八撰」に、彼自身が創演または演出した伝統的な作品を含めて、エンターテインメントの要素を強めた現代風のスーパー歌舞伎の演目が収められていることは特記すべきである。 以上に述べた歌舞伎の「家の芸」制定の歴史は、役者個人による「古典」の選別作業(つまり後世に残したい得意の芸を厳選する)であると同時に、自らが創演した作品を新しい「古典」として位置付ける作業でもあったのである。この点は、新しい模索がなされつつも、結局は古典芸能の枠に安住するしかない戦後から現代の歌舞伎の現状をよくあらわしている。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
採用時に提出した研究計画に四つの研究方向(①明治後期以来の坪内逍遥の脚本改良、②明治後期から昭和初期までの新作歌舞伎、③二代目市川左団次と六代目尾上菊五郎の活動、④歌舞伎の「古典化」と劇場の興行方針の関わり)を示したが、「研究実績の概要」に述べた内容は、主として②と③に関わるものである。 二代目市川左団次の「杏花戯曲十種」の成立には、劇作家の岡本綺堂の功績が多く、八作品中六作品が綺堂によって創作された新歌舞伎である。その六作品のうち、前近代的な様式と近代的な価値観の融合という新歌舞伎の特徴を端的に見せるものとして、「修禅寺物語」(一九一一)、「佐々木高綱」(一九一四)に注目した。「修禅寺物語」は「維新前後」(一九〇八)に次いで綺堂が左団次に提供した作品で、興行的にも大成功し、綺堂の劇作能力も世に広く認められた重要な作品である。伊豆の修禅寺の面作り師・夜叉王の芸術魂が主題であり、従来の歌舞伎時代物の様式を踏襲し、とくに作中の頼家と桂との詠い台詞などからは古風さがみられるものの、夜叉王の芸術至上主義と職人としてのプライド、殿様の側役になろうとする娘かつらの出世欲とその実現などに近代性が窺える。 同じく、「佐々木高綱」にもこうした旧来の様式と近代的な価値観の調和がみられる。主人公の佐々木高綱はいち早く主君を助けるため馬士の紀之介を殺して馬を奪ったことがあるが、自分の行為を深く懺悔し、その償いとして紀之介の息子・子之助を馬飼として養っている。基本的に本作の形式は歌舞伎時代物であることに変わりはないが、人殺しになるまで奉仕したのに待遇がよくないと高綱が頼朝に恨みを持つことや、子之助が父の敵討ちを企む姉に対して、敵討ちをしても父が蘇ることはないと高綱を容赦することなど、主君への忠義や敵討ちを通した親孝行が当然であった近世的価値観を真っ向から覆している。
|
今後の研究の推進方策 |
次年度は主として二つの課題を考えている。第一は、前述した岡本綺堂の作品をさらに検討しつつ、綺堂とそれ以前の新歌舞伎作者である坪内逍遥、松居松葉との影響関係を把握することである。綺堂は江戸時代の文化、風習、言葉などに関して造詣が深く、近世期の巷説や伝説を用いた歌舞伎劇、怪談・推理小説、随筆類も数多く残している。杏花戯曲十種の中にも江戸情緒が大きなテーマとなる作品が多く、「鳥辺山心中」「番町皿屋敷」「尾上伊太八」は心中事件や皿屋敷伝説を題材にしており、「新宿夜話」は新宿の凋落と再興という、人間よりも都市空間そのものに主眼が置かれている点が印象的である。逍遥(「桐一葉」「牧の方」)や松葉(「悪源太」「袈裟と盛遠」など)による新歌舞伎と綺堂作品との間には、近世期の題材を積極的に活用したことは共通しているが、逍遥と松葉が歴史劇に拘泥したことに対し、綺堂はそのような江戸情緒への関心を世話物のかたちで昇華させたことは注目に値する。 一方、逍遥と松葉は西洋演劇の翻案・翻訳に果たした功績が大きく、おそらくそのような経験が彼らの新歌舞伎の劇作法や創作態度に何らかの影響を与えたことは充分考えられる。綺堂の場合も、欧米訪問の経験が彼の作風の変化をもたらしたという指摘があり、歌舞伎ではないが、綺堂のベストセラー作品である『半七捕物帳』はシャーロック・ホームズに刺戟を受けている。このような西洋文学・演劇や西洋の経験が、新歌舞伎の作者の価値観と彼らの創作物にいかなる影響を与えたのかを検討するのが第二の課題である。 第二の課題の遂行のため、七か月間(2024年9月~翌年3月)の海外研究を行う予定である。当初、訪問研究先としてUCバークレー校を挙げていたが、逍遥・松葉・綺堂が深く接していたのがイギリスの文学と演劇であった点を考慮し、ケンブリッジ大学にコンタクトをとっている(状況に応じて変更の可能性あり)。
|