研究課題/領域番号 |
23K13070
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研究種目 |
若手研究
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配分区分 | 基金 |
審査区分 |
小区分13040:生物物理、化学物理およびソフトマターの物理関連
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研究機関 | 東北大学 |
研究代表者 |
栗栖 実 東北大学, 理学研究科, 助教 (00963943)
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研究期間 (年度) |
2023-04-01 – 2026-03-31
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研究課題ステータス |
交付 (2023年度)
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配分額 *注記 |
4,680千円 (直接経費: 3,600千円、間接経費: 1,080千円)
2025年度: 1,690千円 (直接経費: 1,300千円、間接経費: 390千円)
2024年度: 1,040千円 (直接経費: 800千円、間接経費: 240千円)
2023年度: 1,950千円 (直接経費: 1,500千円、間接経費: 450千円)
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キーワード | ソフトマター / 生物物理 / ベシクル / 人工細胞 / 生命の起源 / 代謝 / 進化 / 非平衡熱力学 / ミニマルセル / 高分子 |
研究開始時の研究の概要 |
生命とは高分子や膜などの物質群が化学反応系(代謝)により連携し、自己生産や進化などの特異的な振る舞いを示す非平衡システムである。代表者はこれまでにモデル膜(ベシクル)とその人工情報高分子という2つの構成要素、そして代謝を模した人工の化学反応系からなる自己生産系を構築してきた。本研究ではこの代謝と自己生産機能を持つシステムについて、構成要素である情報高分子と膜分子の組成を多様に変化させる。そして組成が異なる自己生産系(=種)を競わせ、より増殖能が高い方が繁栄するという進化のプロセスを単純かつ人工的な系で再現する。こうした化学と物理が簡明なモデル系に基づき、物質から生命への組織化原理を探索する。
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研究実績の概要 |
本研究の目的は、膜コンパートメント(ベシクル)と情報高分子という2つの基本構成要素を軸にして自己生産や進化などの生命の本質的な特徴をできるだけ単純かつ人工的に再現するモデル実験系「ミニマルセル」について、従来の自己生産ミニマルセルの組成を多様化し、異なる組成どうしで成長速度や自己生産能力を競わせることで新たに変異と進化のプロセスを再現することにある。今年度は従来膜・高分子ともにそれぞれ1成分だった系に2成分目の膜分子・高分子を導入し、異なる組成における成長速度を動的光散乱法を用いて網羅的に測定した。現在の実験系では、膜と高分子からなるミニマルセルに外部からエサとなる膜分子を供給し、ミニマルセルがその膜分子を取り込むことで成長していく。その際の取り込み速度は、膜分子と高分子間の相互作用によって決まる。今回、従来用いてきた高分子ポリアニリンに加え新しい高分子としてポリピロールを導入したところ、これらの高分子の種類によって膜分子ごとの相互作用が異なり(すなわちエサ分子の好みが異なり)、確かに組成によってミニマルセルの成長速度が増減することを明らかにした。並行して、非平衡の熱力学に基づいたミニマルセル、ひいては物質と生命をつなぐ理論的枠組みの構築にも着手した。細胞の代謝系の理論モデルを出発点に、ミニマルセルの化学反応系にともなうエントロピー生成と成長速度のバランスに関する評価関数を考案し、それに基づいて「いかにしてエネルギーコストを抑えつつ大きく成長するか」という観点から単純な分子系からのミニマルセル系の発生、そして競争と進化による高度化のプロセスを説明しようという試みに着手した。こうした研究の完成により、生命科学ベースではなく物質科学ベースで物質と生命の境界を記述する学理の構築が期待される。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
新たな高分子と膜分子導入により、組成によって成長速度にバリエーションを持たせる実験系の構築にはどの高分子・膜分子を用いるのかという観点で相当の試行錯誤を要すると想定されていたが、従来のミニマルセル系構築の過程で得られてきた膜分子・高分子間の相互作用に関する知見に基づき、今年度内に適当な組成を発見することができた。また本研究の目標はモデル実験系の構築だけでなく、それに基づいて理論面でも生命の物理的起源に迫ることにあるが、この理論面で極めて大きな進展があった。細胞の代謝系の非平衡熱力学の先行研究と現在構築中の実験系に基づき、化学反応と連携する単純な自己生産系が物理的には何を最適化するために進化していくのか、その評価関数を新たに考案することができ、これまでの実験結果に照らし合わせた解析も始めることができた。結果、実験面・理論面ともに初年度の想定を大きく上回る進捗を得ることができた。
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今後の研究の推進方策 |
実験面では、これまでミニマルセルの組成の変化に応じた成長速度の増減の測定は実際の細胞サイズ(数十マイクロメートル)ではなく、動的光散乱法による粒径解析の要請により数十ナノメートル程度の微小かつ高密度のベシクル系を統計的に測定する手法をとってきた。これを実際の細胞と同程度のベシクル系で、かつ個々のベシクルの挙動を観察できる光学顕微鏡系の実験系へと展開し、自己生産ミニマルセルが外部からの材料分子の供給を受けながら実際に競争し、「群れ」もしくは「種」ごとの個体数を増減させながら自然選択されていく過程の再現を目指す。 理論面では、ミニマルセルの成長速度(細胞周期の長さ)、化学反応系の効率(エネルギーコスト)、そして外部環境への適正(成長速度を優先するか効率を優先するか)などの観点から、実験系の裏付けを伴う、物質と生命の境界に位置するような単純な分子系の自己生産と進化を記述する理論的枠組みの構築を目指す。
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