研究課題/領域番号 |
23K13551
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研究種目 |
若手研究
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配分区分 | 基金 |
審査区分 |
小区分26020:無機材料および物性関連
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研究機関 | 国立研究開発法人産業技術総合研究所 |
研究代表者 |
北川 裕貴 国立研究開発法人産業技術総合研究所, 材料・化学領域, 研究員 (00964892)
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研究期間 (年度) |
2023-04-01 – 2025-03-31
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研究課題ステータス |
交付 (2023年度)
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配分額 *注記 |
4,680千円 (直接経費: 3,600千円、間接経費: 1,080千円)
2024年度: 2,340千円 (直接経費: 1,800千円、間接経費: 540千円)
2023年度: 2,340千円 (直接経費: 1,800千円、間接経費: 540千円)
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キーワード | 蛍光体 / 近赤外光 / Ce3+ / 複合アニオン化合物 / 第一原理計算 / 配位構造 |
研究開始時の研究の概要 |
本研究では,省エネルギーな広帯域近赤外光源の実現のために,Ce3+添加フッ化硫化物蛍光体に見られる特異な近赤外発光の発光機構を解明する。近赤外光物性の温度・圧力依存性および時間分解特性を評価・解析し,蛍光体電子構造と励起状態ダイナミクスを明らかにすることで,電子遷移機構をモデル化する。同時に,類縁構造を持つCe3+添加非酸化物蛍光体を探索し,高効率・広帯域な近赤外発光を示す新規材料を創製する。市場規模が拡大し続ける近赤外センシング応用において,Ce3+を発光中心とした省エネルギーかつ低環境負荷な光源の実現を目指す。
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研究実績の概要 |
Ce3+イオンは無機化合物中で非常に効率の高い可視発光を示すが,室温で700nm以上の波長域で光る材料はこれまでに報告されていない。しかし,一部のCe3+添加フッ化硫化物が深赤色~近赤外域に特異な発光を示すことが見出された。本研究では,Ce3+添加フッ化硫化物YFSが示す700nm以上の深赤色~近赤外域わたる特異な広帯域発光のメカニズムを解明し,同様の近赤外発光を示すCe蛍光体を探索することを目的としている。2023年度には,より高効率な近赤外発光を示す化合物組成および合成条件の最適化を行い,さらに様々な分光学的手法により発光メカニズムの考察を行った。Ce添加YFSを硫黄雰囲気下での固相反応法により合成したところ,焼成温度950度以上でその近赤外発光強度が著しく増強されることがわかった。最も強い近赤外発光を示すCe添加濃度は0.1at%と非常に希薄であった。Ceに限らずにEuやYbをはじめとする種々の希土類イオンを添加したフッ化硫化物YFSを合成したところ,Ce添加の場合にのみ近赤外発光が観測されたことから局在発光中心Ceにかかわる物理現象であると示唆された。またX線吸収分光の結果から,添加したCeイオンはすべて3価の状態であることが明らかとなった。1~5GPaの高圧条件下で近赤外発光バンドを評価したところ,圧力印加に伴って発光バンドは長波長シフトし,発光強度は減衰した。高圧環境下ではCe-配位子間の結合長が短くなり,またバンドギャップが小さくなることが第一原理計算によるシミュレーションにより明らかとなった。以上の結果から,共有結合性の高いS2-の配位によってCe3+の5d励起準位が低エネルギーシフトした結果,近赤外発光が実現したことが示唆された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
当該年度は,より高効率な発光を示す希土類フッ化硫化物の化合物組成および合成条件の最適化と,種々の分光学的手法に基づく近赤外発光メカニズムの考察を行った。Ce添加フッ化硫化物YFSを硫黄雰囲気下での固相反応法により合成したところ,950度以上の焼成温度で未知の不純物相は消失したが,緑色発光を示す高温相がわずかに含まれるYFSが得られた。近赤外発光強度はCeイオン添加濃度が低い方が有利であり,0.1at%添加時に最大強度を示した。Ce以外の他の希土類イオンを添加したYFSを合成したが,近赤外域に広帯域発光を示すのはCe添加YFSのみであり,近赤外発光がCeイオンの電子状態に関連する現象であることが示唆された。近赤外発光の圧力依存性(1-5GPa)を評価したところ,高圧印加に伴って発光バンドの長波長シフトと発光強度の減衰が観測された。一方,第一原理計算によるシミュレーションによって,1-5GPaの圧力印加に伴ってYFS結晶中においてCe-配位子間結合長が減少し,さらにバンドギャップが減少することが示された。実験および計算結果から,結合長減少によって生じる5d結晶場分裂の増大が発光の長波長シフトをもたらし,またバンドギャップ減少に伴って5d励起準位と伝導帯下端のエネルギー差が減少することにより無輻射失活確率が増大して発光強度が減衰したと考えられる。本研究課題の目的の一つである発光メカニズム解明に関して実験・計算両方の観点から,S2-が配位した結晶場中でのCe3+:5d軌道の分裂によって近赤外発光が発現したことを実験的に明らかにしたので,研究は順調に進展しているといえる。
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今後の研究の推進方策 |
これまでの成果から近赤外発光がCe3+の5d励起準位に起因する物理現象であることが示唆されているが,マイクロ~ミリ秒オーダーの発光減衰挙動を示しており,通常のCe3+の5d-4f電子遷移(ナノ秒オーダー)では説明できない非常に長い寿命である。YFS中Ce3+イオンの励起状態のダイナミクスを解明するために,時間分解分光法による波長ごとの蛍光寿命評価を進めるとともに,バンド構造中の不純物イオンに起因する電子トラップの可能性を検証することを目的として熱ルミネッセンス評価を行う。解明した発光メカニズムに関して,国内外の学会,および国際論文誌で積極的に発表する。また同時並行して,希土類フッ化硫化物でのカチオン置換および層間へのカチオン挿入によって新規フッ化硫化物蛍光体の合成に取り組む。合成したCe3+添加フッ化硫化物の吸収・蛍光スペクトルといった光物性を評価し,バンド構造中のエネルギー準位構造を明らかにすることで,イオン性F-イオンと共有結合性S2-イオンが共存する複合アニオン配位子場中でのCe3+:5d軌道の分裂挙動を解明することを目指す。
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