研究課題
若手研究
浸潤性粘液性腺癌(invasive mucinous adenocarcinoma:IMA)は胃腸上皮への分化を呈する肺腺癌である。IMAは肺腺癌の中でも経気道散布による肺内転移を好発する予後不良の組織型とされ、分子標的治療の対象となる遺伝子異常の頻度が低く、免疫療法や化学療法にも抵抗性である。本研究は、胃腸上皮分化によってIMAの化学療法抵抗性が獲得されるとの仮説の元、肺腺癌の胃腸上皮分化に関与する分子と、薬剤抵抗性との相関について、ヒトの腫瘍組織と肺腺癌細胞株を用いて免疫組織化学的および分子生物学的に検討する。
胃腸上皮化生・薬剤抵抗性に関連するタンパクとして、IMAの細胞膜に発現し、正常の肺胞・気管支上皮に発現しないことが先行研究(研究課題/領域番号:21K15381)で知られているMRP2に着目した。異なるクローン由来の3種類の市販のMRP2抗体を購入し、多臓器の正常・腫瘍組織を搭載したTissue microarray (TMA)を作成し、免疫染色の条件検討を行った。細胞膜陽性像が最も観察しやすかった1種類の抗体を用いて、肺腺癌309症例を搭載したTMAで免疫染色を行った。MRP2の陽性率はIMA: 85%(23/27例), non-IMA: 22%(63/282例)であった。siRNAによるMRP2の発現抑制実験については、胃腸上皮形質を有する細胞株としてA549を、肺胞上皮形質を有する細胞株の代表としてHCC827をそれぞれ用いて行ったが、いずれの細胞株においても、最大濃度のsiRNAを用いても発現抑制が成功しなかった。A549はHNF4αを高発現すること、KRAS遺伝子変異を有する肺腺癌細胞株であることから、しばしばIMAの代替として用いられるが[PMID: 34654723]、A549をIMAの代替として用いるべきか、胃腸上皮化生を呈する低分化な肺腺癌として用いるべきか検証するため、39種類の肺腺癌細胞株の遺伝子発現・変異の検索およびゼノグラフトを用いた免疫組織化学的な比較検討を行った。その結果、A549は非粘液性の低分化な形態を呈し、免疫組織化学的にHNF4αの発現・SMARCA4の発現低下を呈し、KRAS, SMARCA4の遺伝子変異を有していた。更に、241症例の肺腺癌を用いた検討で、HNF4α陽性の低分化型肺腺癌でSMARCA4の欠失の頻度が高く、予後不良であることが示された。以上より、A549は胃腸上皮形質を呈する肺腺癌の代替として用いるべきと考えられた。
3: やや遅れている
siRNAを用いた機能解析の実験で適切な条件を決定することができなかった。条件検討に時間を要し、研究計画に遅れが生じている。A549については肺腺癌細胞株の中でも特にMRP2の発現が高いため[PMID: 11410522]、siRNAによる発現抑制実験ではウエスタンブロットの検出感度以下のレベルまで発現を抑制することが困難である可能性を考慮し、MRP2の発現がA549に比べて低いHCC827で条件検討を行ったが、実験の成功には至らなかった。そのため、細胞株を用いた実験よりも優先して免疫染色による検討を進めることとした。免疫組織化学については条件検討、多数症例での染色の評価が完了しており、妥当な進捗を得られていると考えている。一方、siRNA実験が成功しない原因を考察するにあたり、我々はA549におけるMRP2, HNF4αの発現が極端に高いことに着目し、A549の形態学的および分子病理学的な特徴を詳細に検討するに至った。その結果、A549が胃腸上皮分化を呈する予後不良な低分化癌の代替であることを見出すことができた[Kawai H et al, Virchor Archiv 2024; published online 06 May]。
MRP2については、肺腺癌細胞株を用いた機能解析実験の実施が困難であるため、免疫組織化学を用いた臨床病理学的な検討を優先して行う。MRP2の染色は完了しているため、臨床情報とMRP2の発現との相関関係を今後検討していく。現時点では陽性の判定について5%をcut offとしているが、適切なcut off値の設定や、染色パターン(細胞膜頂部のみ、細胞膜全体、等)の条件については今後も検討を続ける。また、その他の薬剤抵抗性マーカー(MRP1等)や、胃腸上皮マーカー(HNF4α, CDX2等)についても、同様の検討を進めていく。
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すべて 雑誌論文 (1件) (うち査読あり 1件、 オープンアクセス 1件) 学会発表 (2件) (うち国際学会 1件、 招待講演 1件)
Nature Communications
巻: 14 号: 1 ページ: 8375-8375
10.1038/s41467-023-43732-y