研究課題/領域番号 |
23K20113
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補助金の研究課題番号 |
20H01341 (2020-2023)
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研究種目 |
基盤研究(B)
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配分区分 | 基金 (2024) 補助金 (2020-2023) |
応募区分 | 一般 |
審査区分 |
小区分03050:考古学関連
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研究機関 | 国立民族学博物館 (2021-2024) 山形大学 (2020) |
研究代表者 |
松本 雄一 国立民族学博物館, 人類文明誌研究部, 准教授 (90644550)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2025-03-31
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研究課題ステータス |
交付 (2024年度)
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配分額 *注記 |
17,290千円 (直接経費: 13,300千円、間接経費: 3,990千円)
2024年度: 3,250千円 (直接経費: 2,500千円、間接経費: 750千円)
2023年度: 3,900千円 (直接経費: 3,000千円、間接経費: 900千円)
2022年度: 3,250千円 (直接経費: 2,500千円、間接経費: 750千円)
2021年度: 4,550千円 (直接経費: 3,500千円、間接経費: 1,050千円)
2020年度: 2,340千円 (直接経費: 1,800千円、間接経費: 540千円)
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キーワード | 古代文明 / 文明形成過程 / アンデス文明 / 公共祭祀建造物 / 複合的社会 / 考古学 / モニュメント / 神殿 / チャビン問題 / 高精度編年 / 理化学的分析 / アンデス形成期 / セトルメント・パターン / 石器分析 / セトルメントパターン |
研究開始時の研究の概要 |
本研究では、中央アンデスにおける複合的社会(complex society)の出現過程を、地域的な考古学データの獲得と地域間比較を通じて実証的に解明する。複合的社会の指標となる神官などエリート層の出現は、希少財の交易が中央アンデス全域で活発化した形成期後期(紀元前800-250年)に起きたことが確認されている。しかし、調査が大神殿が存在する地域に集中しペルー南部のデータが不足しているため、地域間交流の実態とその社会変化との関係は謎のままである。そこで希少財として重要な黒曜石の産地であるアヤクチョ地方に焦点を当てて地域的基礎データを充実させ、豊かな先行研究を有するペルー北部中部との比較を行う。
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研究実績の概要 |
当該年度は、8月下旬から10月中旬にかけてペルー中央高地南部に位置するアンデス文明形成期(紀元前3000-紀元前後)の神殿であるチュパス遺跡において発掘調査を行った。同遺跡においては、1960年代の発掘以降体系的な調査は行われてはおらず、十分な報告もなされていなかったが、今回の調査により、同遺跡の編年上の位置づけが明らかとなり、アンデス文明の初期形成とチャビン問題をめぐる中央高地南部の位置づけをより明確な形で論じることができるようになった。遺物と建築の様式からみて、チュパス遺跡は形成期後期前半(紀元前800-500年)に神殿として栄え、その成立には約550㎞北に位置する大神殿チャビン・デ・ワンタルが関わっていることが想定される。前年度までに調査を調査を行った同遺跡の神殿であるカンパナユック・ルミ遺跡とは、神殿として機能していた時期がほぼ重なるという見通しが得られた。その一方で、建築過程と遺物の分析を通じて、両者の間にはチャビン・デ・ワンタルに由来する要素の受容に大きな差がみられることが明らかとなった。カンパナユック・ルミが、同時期における黒曜石の汎地域的な流通の結節点となり、黒曜石を通じてチャビン・デ・ワンタルと結びついていたと想定されるにもかかわらず、近隣に位置するチュパスでは黒曜石の目立った使用が確認できなかった。同じ中央高地南部に位置していながら、チュパスとカンパナユック・ルミは互いに自律したセンターであり、チャビン・デ・ワンタルをはじめとする地域外の神殿との交流に関しても異なる立場をとっていたことが示唆される結果となった。これまでは、カンパナユック・ルミを中心として同地域内に階層的な黒曜石の流通網が存在していたと想定されていたが、これに関しては見直しが必要であり、周縁とみなされてきた地域における文明形成過程において宗教的信仰の重要性が浮かび上がってきたといえる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究の重要課題として、これまでアンデス文明の形成過程において「周縁」、あるいは「後進地帯」であるとみなされてきたペルー中央高地南部が、文明形成に果たした役割を再検討することが挙げられる。これまでの理化学分析を組み込んだ研究によって、アヤクチョ県ビルカスワマン郡に位置するカンパナユック・ルミ遺跡が、黒曜石の流通を通じた地域間交流の結節点としての役割を果たしていたこと、中央高地南部がチャビン・デ・ワンタルの直接的な政治経済的な影響下に入る以前から公共祭祀建造物が存在していたことが明らかとなった。さらに、近年では同時期の祭祀建築が数多く発見されてきている。このような成果は、同地域が文明形成過程において「周縁」ではなく、中核的な役割を果たしたことを示している。しかしその一方で、それぞれの公共祭祀建造物とその背景に想定される社会の間の関係性が新たな課題として浮上した。そこでカンパナユック・ルミ遺跡との比較対象として、近隣のチアラ郡に位置するチュパス遺跡の発掘調査を行うことができた意義は本研究において非常に大きい。チュパス遺跡出土遺物の予備的な分析からは、同遺跡がカンパナユック・ルミ遺跡と同時期に栄えた神殿であることが明らかとなったが、その建築技法と様式に違いがみられることが明らかとなり、黒曜石の出土も想定よりはるかに少ない量であった。これらのデータは、同時期に北の大神殿チャビン・デ・ワンタルの影響下にあり、比較的近隣に位置していた二つの神殿が階層的な関係では結ばれていなかったことを示している。このようなデータは、アンデス文明の初期形成において、ペルー中央高地南部が画一的な社会発展の軌跡をたどったわけではないことを明らかにし、その多層性を課題として浮かびあがらせたと言える。
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今後の研究の推進方策 |
ここまでの研究で、カンパナユック・ルミ遺跡の神殿建築の詳細な建造過程を絶対年代データを基に検討することが可能となった。また、層位的なコンテクストが明確な出土遺物を対象として理化学的手法を用いた分析(土器の胎土分析、黒曜石の原産地同定)を行い、主に600㎞離れた大神殿チャビン・デ・ワンタルとの比較を通じて地域間交流と社会変化の相関に関して考察してきた。今後は、カンパナユック・ルミ遺跡とチュパス遺跡の比較を通じて、ペルー中央高地南部の形成期社会の動態という地域レベルの研究を充実させて、ここまで行ってきた地域間交流と社会変化の相関というマクロレベルの課題に接合していくことが必要である。チュパス遺跡の出土遺物に関しては、予備的な分析を通じて、カンパナユック・ルミ遺跡で確立した様式的分類が当てはまらないことが分かっている。この点は特に編年の要となる土器において顕著であるため、新たな基準で分類を行い、建築シークエンス及び絶対年代のデータと対応させる必要がある。他のチュパス遺跡出土遺物(石器、骨角器、動植物遺存体)に関しても、カンパナユック・ルミ遺跡と同様の手法を用いた分析を行うことで、両者のデータを比較可能なものとしていく必要がある。分析のフォーマットを整えたうえで、カンパナユック・ルミ遺跡とチュパス遺跡を比較することで、ペルー中央高地南部に存在した様々な社会間の関係を、チャビン・デ・ワンタルを軸とした地域間交流の議論に位置づけることが可能となる。チャビン・デ・ワンタルからのトップダウン的な視点から論じられることが多かった「チャビン問題」を地域的なデータから問い直すことになるため、アンデス文明の形成過程の研究において大きな貢献となる。
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