研究課題/領域番号 |
23K22435
|
補助金の研究課題番号 |
22H01164 (2022-2023)
|
研究種目 |
基盤研究(B)
|
配分区分 | 基金 (2024) 補助金 (2022-2023) |
応募区分 | 一般 |
審査区分 |
小区分13030:磁性、超伝導および強相関系関連
|
研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
大池 広志 東京大学, 大学院工学系研究科(工学部), 特任研究員 (70725283)
|
研究期間 (年度) |
2022-04-01 – 2025-03-31
|
研究課題ステータス |
交付 (2024年度)
|
配分額 *注記 |
17,680千円 (直接経費: 13,600千円、間接経費: 4,080千円)
2024年度: 2,600千円 (直接経費: 2,000千円、間接経費: 600千円)
2023年度: 5,720千円 (直接経費: 4,400千円、間接経費: 1,320千円)
2022年度: 9,360千円 (直接経費: 7,200千円、間接経費: 2,160千円)
|
キーワード | トポロジー / 非平衡 / 磁性 / 準安定 / 熱ゆらぎ / 磁気スキルミオン / 電気伝導 / 強相関 / ホール効果 |
研究開始時の研究の概要 |
系の連続変形の性質を特徴づけるトポロジーの概念を基軸とした物性の開拓は、現在の物性物理学の大きな潮流になっている。トポロジカル絶縁体や磁気スキルミオン物質では、電子の波動関数のトポロジーが通常の絶縁体や磁性体と異なることに由来して、非自明な電磁応答を示す。このように連続変形の性質を基にトポロジカル物性が開拓されてきたが、物質中のゆらぎは状態間の不連続な遷移を引き起こす。ゆらぎに起因するトポロジー変化の理解はほぼ未開拓な研究課題であり、新原理の電磁応答の実現に繋がる可能性がある。本研究課題では、電子の輸送現象や相転移ダイナミクスをトポロジー変化の視点から理解し、電磁応答を開拓する。
|
研究実績の概要 |
トポロジーに関する物性研究は近年盛んに行われているものの、ゆらぎによるトポロジーの変化に着目した研究は数少なく、新現象や新概念の開拓に繋がる可能性を秘めている。本研究課題は、スピンのトポロジーが変化する動力学に着目し、ホール/ネルンスト効果などの線形応答や、準安定磁気スキルミオンの崩壊現象を探索することを目的としている。 今年度の研究では、磁性と伝導性が異なる元素に由来する物質の一例として希土類系化合物GdRu2Si2を対象に、電流下と熱流下での輸送現象の測定を行った。その結果、GdRu2Si2は磁気スキルミオン相以外の螺旋磁性相でも大きなネルンスト効果を示すことが分かった。ホール/ネルンスト効果は伝導電子の運動の時間反転対称性が破れを意味しており、通常は磁場下で有限の起電力を発生させる。また、強磁性体中においても伝導電子の時間反転対称性が破れており、異常ホール/異常ネルンスト効果が発生することが古くから知られている。近年では、磁気スキルミオンのように強磁性とトポロジーの異なる磁気構造を持つ磁性体中において、磁気構造と伝導電子の相互作用に由来する実空間ゲージ場(創発磁場)によってホール/ネルンスト効果が発生することが明らかになっている。遷移金属化合物MnSiや希土類系化合物Gd2PdSi3の磁気スキルミオン相で観測されているホール/ネルンスト効果も、実空間ゲージ場によって理解されている。しかし、GdRu2Si2の螺旋磁性相で観測されたネルンスト効果は、螺旋磁性と強磁性が同じトポロジーであることから、実空間ゲージ場の考え方では理解できない。GdRu2Si2は電気抵抗率が低く、磁気構造の周期が短いため、実空間ゲージ場ではなく波数空間でのゲージ場を考慮しなくてはならない可能性がある。周期的な磁気構造によるバンドトポロジーの変化は、今後明らかにされるべき興味深い課題である。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
今年度の研究において、GdRu2Si2において未知の機構でネルンスト効果が発生している可能性が示唆された。このネルンスト効果の特徴を明らかにするためにはさらなる実験が必要である。特に本研究課題の軸である「トポロジー変化」とどのような関係性を持つかを明らかにする必要がある。 準安定磁気スキルミオンの崩壊現象については、数値シミュレーションによって磁気スキルミオンの欠陥が一次元的に運動する様子が明らかになった。これはマクロな実験を解析することで得られた結論と一致しており、トポロジー変化の過程についてシミュレーションと実験で整合する結果が得られたことを意味している。 さらに、今年度は金属-絶縁体転移をトポロジー変化の観点から考察した。金属相ではフェルミエネルギー近傍の電子の波動関数が空間的に広がっているのに対し、絶縁相では電子はイオンの電子軌道やイオン間の結合性軌道に局在している。したがって、金属-絶縁体転移では波動関数の空間的な接続性が変化しており、トポロジーが変化していると見なすことができる。 以上のように、計画していたスピントポロジーの変化に関する研究が概ね順調に進んでいる上に、金属-絶縁体転移をトポロジー変化の観点から捉えることで、トポロジー変化の議論を一般化する研究計画へと繋げることができた。このように、当初の計画以上に進展していると言える。
|
今後の研究の推進方策 |
まずは、希土類系化合物GdRu2Si2で観測されたネルンスト効果の特徴を明らかにするための実験を行う。GdRu2Si2は電気抵抗率がGd2PdSi3よりも低く、MnSiよりも磁気構造の周期が短い。したがって、元素置換をすることで不純物散乱の頻度を上げることによって電気抵抗率を高くしたときに(Gd2PdSi3に近づけたときに)、ネルンスト効果がどのように変化するかを調べることを計画している。電気抵抗の起源である散乱現象は、状態間の遷移や不連続な変化を意味しており、トポロジーを変化させ得る素過程である。したがって、散乱によってどのようなトポロジー変化が誘起されるかという観点から、電気抵抗率とネルンスト効果の関係を系統的に理解できると考えている。 トポロジー変化の議論を一般化するために、金属-絶縁体転移をトポロジー変化の観点から調べることを計画している。例えば、金属-絶縁体転移に対して急冷を適用し、過冷却金属状態から絶縁相へと変化するダイナミクスを調べる。絶縁相の形成過程ではトポロジー変化が起きているため、金属-絶縁体転移のダイナミクスはトポロジー変化のタイムスケールを反映していると考えられる。磁気スキルミオン相では、低温では熱ゆらぎによるスピントポロジー変化がほとんど起こらずに、螺旋磁性相が自由エネルギー的に最安定であっても磁気スキルミオン相が準安定相として保持される。このようなトポロジカルな保護の原理が金属-絶縁体転移系でも働けば、準安定金属相が実現することが期待される。 以上のように、磁性体中のスピントポロジーの変化の理解を起点として、金属-絶縁体転移系のトポロジー変化へと展開することで、広範な物理現象との関連性を議論できるような学術領域の形成を目指す。
|