研究課題/領域番号 |
23K23306
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補助金の研究課題番号 |
22H02038 (2022-2023)
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研究種目 |
基盤研究(B)
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配分区分 | 基金 (2024) 補助金 (2022-2023) |
応募区分 | 一般 |
審査区分 |
小区分32010:基礎物理化学関連
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研究機関 | 学習院大学 |
研究代表者 |
岩田 耕一 学習院大学, 理学部, 教授 (90232678)
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研究期間 (年度) |
2022-04-01 – 2025-03-31
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研究課題ステータス |
交付 (2024年度)
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配分額 *注記 |
18,200千円 (直接経費: 14,000千円、間接経費: 4,200千円)
2024年度: 1,690千円 (直接経費: 1,300千円、間接経費: 390千円)
2023年度: 1,690千円 (直接経費: 1,300千円、間接経費: 390千円)
2022年度: 14,820千円 (直接経費: 11,400千円、間接経費: 3,420千円)
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キーワード | 生体膜 / ラフト構造 / 時間分解分光法 |
研究開始時の研究の概要 |
多くの重要な生化学反応の媒体である生体膜は,水中に形成された分子2個分の厚さの薄膜である.生体膜での生化学反応は効率的に進行するが,その機構を化学反応論の視点から説明しようとすると多くの困難に直面する.この問題を解決し得る構造モデルが1990年代から提唱されている「脂質ラフト」である.しかし,実際の細胞膜中での脂質ラフトの存在を示す実験は,知る限りにおいて報告されていない.本研究では,先端的な分光計測法によって生体膜および人工脂質二重膜の基本的な特性を測定して膜の特性を評価する.物理化学の手法を利用して脂質ラフトモデルを検証するとともに,膜構造と機能発現の相関について考察する.
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研究実績の概要 |
令和5年度には,研究代表者らは令和4年度に引き続いて生体膜と人工脂質二重膜の双方の脂質二重膜の粘度を実験によって評価した.けい光寿命が周囲の粘度を反映して変化するtrans-スチルベンあるいはその誘導体をプローブ分子として脂質二重膜に埋め込んで,これらの分子のけい光寿命をピコ秒時間分解けい光分光法によって測定した.得られたけい光寿命からプローブ分子近傍の粘度を推定した.生体膜の試料としては大腸菌外膜を用いた.大腸菌を培養してその外膜にプローブ分子を封入し,その大腸菌が分散した水溶液に紫外のフェムト秒光パルスを照射した.試料からのけい光を分光したのちにストリークカメラで検出した.人工脂質二重膜の試料としては,DOPC,DMPCおよびDPPCなどのホスファチジルコリンから形成されたベシクルを用いた.これらのベシクルを顕微鏡下で紫外光照射して,後方散乱配置で集めたけい光を分光器とストリークカメラで時間分解検出した.これらの実験から,大腸菌外膜の粘度が温度変化によって大きく変化することを見出した.人工脂質二重膜の粘度はベシクルの位置および時間によって揺らぐことも観測された. カロテノイドは動物および植物の細胞内に広く分布する天然色素である.カロテノイドを光励起すると電子励起状態が生成するが,その後の高速電子緩和過程は光エネルギーの利用や細胞の保護などで重要な役割を果たす.研究代表者らは,ホスファチジルコリンから形成されるリポソーム脂質二重膜中に代表的なカロテノイドであるβ-カロテンを封入して,その電子状態の緩和過程をフェムト秒時間分解近赤外吸収分光法で測定した. ビタミンDは細胞膜内での連続した化学反応によって生合成されるが,この一連の反応は前駆体の光励起で開始される.研究代表者らは,ビタミンD生成の初期過程をピコ秒時間分解ラマン分光法によって解明した.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
令和5年度には,自作のピコ秒時間分解けい光分光測定の光源として用いているフェムト秒チタンサファイア発振器と再生増幅器,および光パラメトリック増幅器の動作が安定しない時期が続き,その修理調整のための作業が長期間に及んだ.脂質二重膜の粘度はピコ秒時間分解けい光分光測定の結果を解析することで評価しているため,レーザー光源の不調によってピコ秒時間分解けい光分光測定ができなかった期間は脂質二重膜の粘度を評価する実験が滞った.しかし,昨年度に引き続いて,大腸菌外膜の粘度が温度変化によって大きく変化することや人工脂質二重膜の粘度はベシクルの位置および時間によって揺らぐことが観測された.これらは,化学反応場としての脂質二重膜の物性を議論するための重要な知見である. フェムト秒時間分解近赤外吸収分光計およびピコ秒時間分解ラマン分光計(いずれも自作)の光源として利用している別系統のフェムト秒チタンサファイア発振器,再生増幅器,光パラメトリック増幅器は比較的順調に稼働した.このため,これらの時間分解分光測定を用いたβ-カロテン分子の電子状態の緩和過程やビタミンDの生成初期過程の観測は順調に進捗した.β-カロテン分子の電子状態緩和の速度定数をリポソーム脂質二重膜中,有機溶媒中,および酵素と親和性があるホスホニウム系イオン液体中で測定して比較したところ,脂質二重膜中では電子状態緩和が減速していた.カロテノイド分子の生体内での機能の解明に影響に資する興味深い事実である.ビタミンDに関する実験では,有機溶媒中で光照射したビタミンD前駆体(デヒドロコレステロールとDHC)のピコ秒時間分解ラマンスペクトルの観測に成功した.前駆体の光誘起開環反応後の異性化反応の速度定数と異性体間のエネルギー差を算出することに成功した. 以上の状況を総合的に勘案して,現在までの研究は「おおむね順調に進展している」とした.
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今後の研究の推進方策 |
令和6年度は,前年度までに得られた成果をさらに発展させて,本研究課題の目的を達成することを目指す. ピコ秒時間分解けい光分光法を用いた脂質二重膜の粘度評価では,通常のガラスセルを用いたマクロ測定と顕微鏡下での測定の両方を利用して,人工脂質二重膜と大腸菌の細胞膜の計測を継続する.大腸菌外膜の粘度評価の実験では,測定時の温度や培養時の諸条件によって膜の粘度がどう変化するかを吟味する.大腸菌では個体や株によって差異が生じる可能性もあるので,一般的描像を得るためにできるだけ多くの実験を繰り返す予定である.人工脂質二重膜の実験では,ピコ秒時間分解顕微けい光分光測定から得られている位置および時間による粘度揺らぎを詳しく観測する.アシル基の長さや不飽和度が異なるリン脂質によって形成された脂質二重膜での粘度揺らぎを比較検討することで,この興味深い現象についての理解を深める. フェムト秒時間分解近赤外吸収分光測定によって,より多くの脂質二重膜および生体環境類似のイオン液体中でのカロテノイドの電子状態緩和についての知見を得るとともに,ピコ秒時間分解近赤外誘導ラマン分光法によって電子励起されたカロテノイドの振動緩和過程を観測する.励起エネルギー移動に際して振動の自由度が果たす役割について実験に基づいて議論する.脂質二重膜にカロテノイドをはじめとした色素たんぱく質複合体を保持して,カロテノイドなどの色素分子の電子状態および振動状態の緩和に対して近接するたんぱく質および脂質がどのように影響するかを明らかにする. これまでの実験の結果とその意味について論文や学会発表などを通じて積極的に発信して,本研究課題の成果を国内外に広く周知する.
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