研究課題
基盤研究(B)
化学療法は悪性腫瘍に対する重要な治療法であるが、抗がん剤に対する耐性がその治療効果に限界をもたらす。応募者は、腫瘍細胞と周囲の微小環境に存在する免疫細胞の間の相互作用における変化が化学療法耐性に関与している可能性を見出した。また、この周囲微小環境に存在する免疫細胞の形態や遺伝子発現パターンは腫瘍組織内での空間的位置によって変化することも報告され始めている。そこで本応究では、腫瘍細胞と免疫細胞の相互作用の多様性を「化学療法に対する感受性の違い」と「腫瘍組織内での空間的位置の違い」の二つの軸から解析することにより、化学療法耐性獲得の分子機構の解明およびその克服のための新規治療法の開発に挑む。
本研究では、腫瘍組織内の腫瘍細胞および免疫細胞の相互作用を化学療法感受性の腫瘍組織と化学療法耐性の腫瘍組織を用いて解析することで、腫瘍細胞が持つ抗腫瘍免疫逃避機構が化学療法耐性獲得へ関与することを示すことを目的としている。昨年度は、引き続き腫瘍組織における部位特異的遺伝子発現解析を実施するための条件検討を行なったものの、残念ながら実施困難と判断し以下の様に方針を転換した。まず、犬リンパ腫症例の診断時化学療法前、初回寛解達成後の再発時再寛解導入前、化学療法耐性獲得後の3つの時期において採取された検体をそれぞれ用い、同一症例内でのゲノム塩基配列の変化について全ゲノム解析によって検討した。その結果、同一症例の腫瘍組織においても23000-45000程度のバリアント頻度がこの様な臨床的挙動の変化に伴って上昇していることが明らかとなった。さらに、RARA、TLR5、TP53の3遺伝子におけるバリアントの頻度が複数の症例に共通して上昇することが示された。また、免疫組織化学及びフローサイトメトリーを用いた腫瘍浸潤免疫細胞(リンパ球/マクロファージ)の定量的解析を実施し、病変リンパ節検体と末梢血液におけるCD4陽性細胞/CD8陽性細胞比(CD4/CD8比)を比較したところ、診断時化学療法開始前および化学療法耐性獲得時ともに末梢血液に比べて病変リンパ節検体におけるCD4/CD8 比が高いことが示された。次に、リンパ球のサブタイプの定量的解析を実施し、臨床的挙動に関連した変化を検討したが、病変リンパ節検体中のCD3陽性細胞率やCD4/CD8比には明らかな変化は認められなかった。最後に、これらの検討を踏まえて新規治療候補薬を見いだすことに成功し、昨年度確立した犬腫瘍移植担がんマウスモデルを用いて、同薬剤の抗腫瘍効果を含めたさまざまな効果をin vivoで解析するための実験を開始した。
2: おおむね順調に進展している
まず、昨年度に明らかにした「化学療法耐性早期獲得症例においては長期寛解症例と比較して腫瘍組織中の免疫細胞-腫瘍細胞間の相互作用に関わる遺伝子の発現が異なる」という研究成果は昨年度に学術論文として受理され公表している。この成果は本研究の根幹をなす仮説を改めて支持する極めて重要な結果である。次に、当初予定していた腫瘍組織における部位特異的遺伝子発現解析の実施は困難となったものの、計画を修正し先述のような研究を遂行することにより、まずは臨床的挙動に伴う腫瘍組織内のゲノム配列の不均一性・不安定性を示すことに成功し、さらには複数症例に共通して化学療法耐性獲得時に頻度が上昇するバリアントも見いだした。この結果は、少なくとも一部の症例に共通して特定のバリアントが化学療法耐性に関与する可能性を示唆するものである。また、化学療法耐性獲得に伴う腫瘍組織中リンパ球サブタイプの定量的変化を示すには至らなかったものの、これまでに得られた成果を踏まえて新規治療薬候補が見出され、すでにin vivoでの治療効果を検討する実験を開始するに至っている。
本年度は以下の方策を軸にさらに研究を進めていく方針としている。・これまでの検討を踏まえて昨年度見出された新規治療薬候補に関して、犬腫瘍移植担がんマウスモデルを用いてin vivoにおける抗腫瘍効果を検討するとともに、その副作用、既存治療との比較や併用効果の評価を行う。・同薬を投与した腫瘍細胞株や正常免疫細胞、さらにはこの検討の中で得られた腫瘍組織に対して網羅的な分子生物学的解析や病理組織学的検討を実施することで、同薬が抗腫瘍効果を発揮する分子生物学的機序を明らかにする。・これらの解析から、同薬が有力な新規治療薬候補であることがさらに示された場合には、PhaseI/II臨床試験を計画し、実際の腫瘍罹患症例犬における安全性および有効性の検討を開始する。また、当初予定していたPIC技術を用いた部位特異的遺伝子発現解析の代替案であるsingle cell RNA-seqを用いた部位特異的遺伝子発現解析も引き続き検討する。
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すべて 国際共同研究 (1件) 雑誌論文 (5件) (うち国際共著 2件、 査読あり 5件、 オープンアクセス 2件) 学会発表 (11件) (うち国際学会 6件、 招待講演 4件) 備考 (2件)
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