研究課題
基盤研究(B)
本研究では,素粒子のみからなる水素様純レプトン原子ミューオニウムの1S-2S遷移の精密分光を行う.現在ミュー粒子に関する基礎物理定数の不確かさは,ミュー粒子の質量に由来する不確かさにより大きく制限されている.ミュー粒子は強い相互作用の影響を受けないため,その物理定数の精密測定は量子電磁力学のみならず,電弱スケールの新物理の探索へともつながる.本研究課題では高出力の連続波発振(CW)レーザー分光系を開発し,ミューオニウム1S-2S遷移の精密分光を行い実験によるミュー粒子質量決定精度の改善を目指す.
本研究は,実験によるミュー粒子質量の決定精度を120 ppbから1 ppbまで向上させることを目的とする.ミュー粒子の基底準位超微細構造間周波数には,電弱効果によるシフトが-65 Hz存在することが理論計算で明らかになっている.しかし,超微細構造間周波数自体の理論計算値には515 Hzの不確かさが存在する.この不確かさは参照値であるミュー粒子質量の実験値に起因するものであり,ミューオニウム1S-2S遷移精密分光によりミュー粒子質量精度を2桁向上させることができれば,超微細構造間の不確かさは4 Hzまで低減するため,標準理論を超えた精密検証が可能となる.また,ミュー粒子の異常磁気モーメントにもミュー粒子質量は参照されるため,ミュー粒子の質量精度向上はg-2 anomalyで見えている新物理の検証にも寄与する.本年度はJ-PARCの大強度μ粒子ビームラインでパルスレーザーを用いた1S-2S遷移分光実験を行い,測定不確かさの低減に努めた.系統誤差の一つ残留ドップラーシフトの低減を目的として,ミューオニウム生成標的であるエアロゲルを2層化し,レーザーと相互作用するミューオニウムの速度分布の対称化を試みた.結果,これまで使用していた単相の生成標的使用時よりも残留ドップラーシフトを低減させることに成功した.また,光周波数コムによるレーザーの周波数安定化を行い,周波数安定度を1.3 MHzから50 kHzにまで改善した.信号の統計量に関しては,244 nm発生に使用する非線形光学結晶をリチウムトリボレートに変更し,パルスレーザーの空間モードを改善することで,1S-2S遷移の対向二光子励起の効率を向上させ,先行研究の約130倍の信号レートを達成した.
2: おおむね順調に進展している
当初の予定通り,信号レートの向上やミューオニウム生成標的2層化による残留ドップラーシフトの低減等,1S-2S遷移周波数測定における不確かさの低減に向けた研究を行った.パルスレーザー実験での不確かさ目標1MHzを達成する目処は立ったが,2層標的を保持するホルダーが帯電し,不随意な電場による周波数シフトが生じる問題が起こったため,残留ドップラーシフトの対策の改善が必要となったため,若干遅れが見込まれる.
上述の問題の対策として,ミューオニウム生成標的ではなくレーザー系の改良による残留ドップラーシフト低減を予定している.具体的にはレーザーとミューオニウムの相互作用部分に光共振器を組み,対向するレーザー波面を一致させることで残留ドップラーシフトを抑制する.この方法はCWレーザー分光でも有用である.また並行して高出力の244 nm CW光源の開発も行う.
すべて 2023
すべて 学会発表 (1件)