研究課題
基盤研究(B)
哺乳類初期胚発生ではDNAメチル化がダイナミックに変動し、その制御異常は胚性致死となる。本研究では、ヒト初期胚のDNA低メチル化の正常発生での役割の解明を目指し、DNA低メチル化を誘導・維持する分子機構とDNA低メチル化により活性される分子制御ネットワークを明らかにする。ヒト初期胚DNAメチル化変動を再現したヒト多能性幹細胞モデルを用い、低メチル化に関わる外的および内的因子を体系的に検討し、分子制御ネットワークを同定する。この分子群についてDNAメチル化制御の作用機序や細胞分化、胚発生能への寄与を明らかにする。本研究によりエピジェネティック変化を伴う発生障害や生殖補助医療への応用を目指す。
近年の少子化や出産年齢高齢化に伴い生殖補助医療技術の発展が期待される一方、ヒト初期発生の分子メカニズムは未だ不明な点が多く、研究分野の障壁となっている。ヒト妊娠成立のボトルネックは、胚の母体子宮内膜への着床期である。その時期の胚盤胞において将来胎児になる細胞、エピブラストではDNA全体のメチル化率が約40%と通常より低く、着床を経て胚が発生するにつれDNAメチル化率は約80%まで上昇する。哺乳類の初期発生においてDNAメチル化制御の異常が胚性致死をもたらすことから、その重要性が明らかであるにもかかわらず、その分子制御機構や、着床、発生での役割は明らかでない。本研究では、ヒト初期胚におけるDNA低メチル化の誘導・維持分子制御機構とDNA低メチル化により活性される分子ネットワークを明らかにし、DNAメチル化変動の正常発生での役割と発生異常への関与を解析する。ヒト初期胚DNA低メチル化状態と発生に伴うメチル化の上昇を再現した、ヒト多能性幹細胞(ES/iPS細胞)モデルを用い、DNAメチル化分子制御ネットワークを網羅的に同定し、その作用機序や細胞分化、胚発生能への寄与を検討する。当該年度には、研究室の立ち上げとともに、ヒト多能性幹細胞(ES細胞)使用の文科省への申請等を行い、研究環境を整えた。その上で、ヒト多能性幹細胞を用いた着床前後発生実験系を立ち上げ、効率的な評価系を構築し、DNAメチル化の変動を検出した。さらに、DNAメチル化依存的ヒト初期胚細胞発現遺伝子を同定し、効率的なDNA低メチル化検出の基盤を構築した。DNAメチル化制御に関連する細胞代謝関連因子についても解析を行い、DNAメチル化ダイナミクスに伴う大幅な発現変化を見出した。また、これらの知見をもとに行う予定であるDNAメチル化分子制御ネットワーク解明に重要なスクリーニング技術を樹立し、今後の研究の基盤を立ち上げた。
2: おおむね順調に進展している
研究課題全体の進行計画に対し、当該年度の進捗状況は概ね予定通りである。ヒト初期胚におけるDNA低メチル化の誘導・維持分子制御機構とDNA低メチル化により活性される分子ネットワークを明らかにする研究計画のうち、当該年度には、ヒト初期胚発生・分化誘導実験システムを立ち上げ、DNAメチル化現象変動の観察を含め、実験系の効率化や検出システムの検討、研究課題後半の大規模スクリーニングに向けた、技術的基盤と条件検討などを行った。またDNA低メチル化と遺伝子発現、それに関わる細胞内代謝に関する、基本データの収集により、新たな分子制御解明に向けた予備データを得た。また、ヒト着床前胚細胞特異的に発現するDNAメチル化依存的遺伝子の候補が同定でき、DNA低メチル化検出系構築に取り掛かる準備が整った。
今後の研究は概ね当初の計画通り進める予定である。当該年度に収集したデータをもとに、 ヒトDNA低メチル化レベルを効果的に検出するシステムを構築するため、同定された初期胚細胞DNA脱メチル化依存性因子を標的に内在性ノックイン蛍光レポーター細胞株を樹立する。このレポーターシステムを用い、ナイーブ多能性幹細胞DNA低メチル化誘導・維持における外的因子、内的因子、細胞培養環境について検討する。レポーター活性を示す遺伝子群について、下流で活性化される因子や、DNAメチル化パターンを網羅的に解析し、in vivoヒト胚のパターンと比較解析する。また、ヒトプライム多能性幹細胞に比較し ヒト初期胚、ヒトナイーブ多能性幹細胞で発現が有意に変化する遺伝子候補の同定に向け、遺伝子の活性、抑制/欠損スクリーニングシステムを用い、全ての候補遺伝子について効率的にDNA低メチル化レポーターを制御する因子を同定する。これらのアプローチにより同定したDNA低メチル化制御因子を操作することで、DNAメチル化 パターンを変化させることが可能となる。この状態でヒト多能性細胞の生存、自己複製能や外胚葉、内胚葉、中胚葉、生殖細胞系譜への発生、 分化能を検討し、DNAメチル化のヒト初期胚細胞機能に与える影響や役割を明らかにする。また同定されたDNAメチル化制御因子群のin vivoヒト胚での発現を確認するためRNAプロファイリングと比較検討する。この研究成果によりヒト細胞でのゲノム初期化、次世代伝達情報構築などにおけるDNAメチル化の役割やゲノム制御による発生制御機構の理解を深め、生殖補助医療技術応用への基盤構築を目指す。
すべて 2023 その他
すべて 雑誌論文 (1件) (うち国際共著 1件、 査読あり 1件、 オープンアクセス 1件) 学会発表 (3件) (うち国際学会 2件、 招待講演 3件) 備考 (1件)
Nature Cell Biology
巻: 25 号: 10 ページ: 1439-1452
10.1038/s41556-023-01224-7
https://www.ciea.or.jp/img/topics/pdf/20230914.pdf