研究課題/領域番号 |
23KJ0152
|
研究種目 |
特別研究員奨励費
|
配分区分 | 基金 |
応募区分 | 国内 |
審査区分 |
小区分46010:神経科学一般関連
|
研究機関 | 東北大学 |
研究代表者 |
山尾 啓熙 東北大学, 生命科学研究科, 特別研究員(DC2)
|
研究期間 (年度) |
2023-04-25 – 2025-03-31
|
研究課題ステータス |
交付 (2023年度)
|
配分額 *注記 |
2,000千円 (直接経費: 2,000千円)
2024年度: 1,000千円 (直接経費: 1,000千円)
2023年度: 1,000千円 (直接経費: 1,000千円)
|
キーワード | グリア / アストロサイト / 記憶 / 光遺伝学 / ファイバーフォトメトリー / 扁桃体 |
研究開始時の研究の概要 |
印象的な記憶として長い間貯蔵される経験もあれば、忘れ去ってしまう経験もある。記憶形成の根底を成すのは、神経細胞間の信号伝達の可塑性である。脳の中には神経細胞以外に数多くのグリア細胞が存在する。シナプス可塑性はグリアの状態に左右される。記憶が形成される瞬間にグリアに人為的な摂動を加えることで、記憶の形成と保持が左右されることを明らかにした。グリア活動が記憶に与えうるインパクトが明らかになった。一方で、生来の記憶形成過程におけるグリアの機能的な役割と、グリアが記憶調節能を発揮するメカニズムは明らかになっていない。本研究では、グリアによるシナプス可塑性制御を介した記憶形成のスイッチ機構を解明する。
|
研究実績の概要 |
記憶が長期に保持されるかすぐに忘れ去られるかは、経験時のグリア細胞の状態に依存することを明らかにした。 マウスでの恐怖条件付け課題を用いて、記憶形成過程におけるグリア細胞の役割を調べた。マウスの入った実験箱の床に電気ショックを送ると、マウスは軽い痛みを感じ、恐怖からすくみ反応を示す。いったん、マウスを飼育ケージに戻し、後で同じ実験箱に入れると、恐怖経験の記憶から、すくみ反応が生じる。すくみ反応の生じる時間を計測する事で、マウスが感じている恐怖の程度を評価できる。通常は、数週間が経てばすくみ反応は減るので、すくみ反応時間を計測することで記憶の形成や保持の程度を定量的に評価できる。 電気ショックの恐怖条件付け時に、扁桃体のグリア細胞の細胞内イオン濃度に摂動を加えて、記憶形成に生じる影響を調べることにした。恐怖条件付け時、グリア細胞に発現させた光感受性陽イオンチャネルChR2を活性化しても、恐怖記憶は正常に形成され、15分後にテストするとすくみ反応が見られた。しかし、1時間後や翌日にテストをすると、長期記憶は保持されていなかった。なお、恐怖条件付けから30分後にグリアChR2光刺激をしても、翌日の記憶は正常に保たれた。恐怖経験直後のタイムウインドウ内でのグリア細胞の状態が記憶の運命を決めることが示された。ChR2ではなく、光感受性外向き水素イオンポンプArchTを活性化させた場合、翌日のテストでは、統制群と同程度のすくみ反応が見られたが、3週間後のテストでは遠隔記憶は逆に増強された。経験の瞬間のグリア細胞の状態は3週間後の遠隔記憶の運命までをも支配していることが明らかになった。 現在、グリア細胞のイオン動態を計測し、記憶形成にどう寄与するかをさらに調査している。 グリア細胞の記憶制御機構が明らかになると、心的外傷後ストレス障害治療のための新しい臨床アプローチが可能になると期待される。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
アストロサイトに摂動を加えることで、長期的な記憶の運命がグリア細胞の状態によって決定することを示した。本研究助成の支援を受け、GLIA 2023(独ベルリン開催)等、複数の国際会議で、この研究成果を発表してきており、現在、公刊学術論文としてまとめて投稿中である(Yamao and Matsui submitted)。さらに、グリア細胞内イオン動態の計測により、これらの細胞が記憶形成に直接的に寄与している可能性があることが示されました。また、これが行動の選択にも直接影響を与えることが示唆されています。 恐怖反応時・記憶形成時のグリア細胞活動を計測し、記憶形成におけるグリア細胞の機能を調べた。FRET Ca2+センサ(YCnano)を用いてグリアCa2+動態を観測した。マウスに電気ショックを与えてすくみ行動を引き起こした際カルシウム応答は特に見られなかった。しかし、翌日同じケージに戻し、恐怖記憶を想起した際、マウスのグリアは激しいCa2+活動を示した。同じように恐怖からすくみ行動を示すマウスだが、記憶から恐怖反応を引き出す際に限り、グリアCa2+が機能を持つ可能性が示された。 本提案研究では当初、グリアが神経可塑性の生じやすさ=メタ可塑性制御を行うことで記憶形成能が左右されることを想定していた。しかし、記憶が形成されるにあたり、扁桃体グリアの可塑的変化やグリア-ニューロン連関の仕方が変化しているのかもしれない。記憶は神経回路の再編成だけでなく、グリアの変化にも依存している可能性がある。グリア細胞が記憶形成において単なるサポート役ではなく、中核的なプレーヤーであるという大胆で新たな視点が生まれた。今後、グリア細胞自体に生じる変化が記憶の形成にどのように寄与するかをさらに詳しく検証する予定である。
|
今後の研究の推進方策 |
本年度の研究を通して、グリア細胞には、マウスの恐怖反応を直接左右する機能もあることが明らかになってきた。ChR2を光活性化してグリア細胞を酸性化すると、マウスは電気ショックを受けた時と同様にすくみ反応を示した。なお、マウスが恐怖や不安を感じる時、過度のグルーミングやテールラトルといった特有の行動が生じることが知られている。グリアChR2光刺激でこのような行動も生じた。一方、ArchTを光活性化するとグリア細胞をアルカリ化させることができる。マウスに電気ショックを与えるとすくみ行動が生じるが、ArchT光刺激で電気ショックによるすくみ行動が少なくなった。したがって、グリア細胞が酸性化すると、マウスは恐怖を覚え、すくみ反応を示すと考えられた。 そこで、予備実験として、蛍光pHセンサタンパク質(E2GFP)を用いて、扁桃体のグリア細胞のpH動態を計測することにした。自由行動下のマウス脳内に光ファイバを刺入し、ファイバーフォトメトリー法で、扁桃体グリア細胞内pH計測を行った。電気ショックを数回与えるとマウスは強い恐怖感を抱くと考えられる。この際、扁桃体グリアは酸性化することが示された。翌日の恐怖記憶テスト時も、長いすくみ反応とともにグリア酸性化が示された。今後、in-vivo局所フィールド電位とグリアpH計測を組み合わせた実験を実施する予定である。もし、グリア細胞の酸性化が、恐怖時に特有の神経活動の発生に先行するのであれば、恐怖を惹起する主体はグリア細胞である可能性が生まれる。グリア細胞の酸性化にともなって、どのような作用がグリア細胞から神経細胞に向かって生じるのか、in-vivo及びex-vivoスライス標本を用いて、そのメカニズムを薬理的に検証することを予定している。また、記憶の想起時にみられるCa2+活動が細胞内の酸性化を引き起こす機構が存在するのかについても検証する。
|